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プロローグ

どれだけ願っても祈っても無駄だとわかっていた。

それでも求めずにいられなかった。


そして、私には消えない烙印が残った。





 好きになってはもらえないことなど、始めからわかっていた。




「一応、言い分があるなら聞いておこうか」


 降ってきた冷たい声に俯けていた顔をゆっくり持ち上げた。

 感情をすべて削ぎ落とした能面のような顔で見下ろす男を見つめた。男の名はクロード・フォン・アヴァランシュ、この国の王太子殿下にして、私の婚約者。


 否、それはもう過去のものになるだろう。これから私は断罪されるのだから。


 今も殿下の後ろで強張った顔をしてこちらを見ているのはシルヴィー・マリア・マルタン。殿下が好意を寄せ、私が数々の嫌がらせをした男爵家の令嬢だ。

 その嫌がらせが明るみになり、私は現在殿下の騎士によって取り押さえられている状態だった。


 押さえつけられた腕がギリギリと痛みを訴え続ける中、腕から伝わる熱に胸の奥底でひっそりと灯る喜び。それは直ぐに消し去られる程の小さな灯だった。


「…殿下に一つ、質問をしてもよろしいでしょうか」

「聞こう」

「ありがとうございます。では……殿下は、わたくしを憎んでいらっしゃいますか」


 私の口からでた問いに、殿下は目を瞠った。


「…あ、ああ…到底許せるものでは、ない…」

「そう、ですか……皆様も、同じ気持ちですか?」


 そう更に問いかけた相手は殿下と同じように私を取り囲んでいる貴族子息の方々だ。殿下から視線を子息方に順番に向けていく。各々の表情は様々なものだ。

 わかりやすく私を睨む者もいれば、可哀相な者を見るような目をする者もいた。


「この場に貴様を許す者など一人もいない!」


 そう声を張り上げたのはわかりやすく私を睨んでいた、アラン・ベルナー侯爵子息。殿下と同じくシルヴィーに好意を寄せる内の一人だ。彼は出会った時から何故か私に余りいい感情をもっていなかった。そんな私が自分の好意を寄せる相手に様々な嫌がらせをしたとなれば許せる筈もないだろう。


「貴方は…貴方はどうですか、レオ様……わたくしが…憎いですか?」


 まさか自分にくるとは思ってもいなかったのだろう、直ぐ傍で息を飲む音が聞こえた。私を押さえつける腕から僅かに力が抜かれた気がした。

 押さえつけられた体制から彼を振り返ることはできず、視線はそっと地面に落した。

 緊張からか鼓動が速くなり、汗が滲みだした気がした。


 願わくば、私の望む答えを言ってほしい。ただ一言、たった一言でいい。


 そんな願いは次の瞬間、見事に打ち砕かれた。



「私は……私は貴方を憎いとは、思っておりません。…私はあくまで、……殿下の指示に従うのみです」



 …ああ、…駄目だったのか…。


 結局私は何も得られないのか。

 彼から憎しみを貰うことすらできなかったのか。


 “あくまで、殿下の指示に従うのみ”


 いや憎しみどころか、それはつまり私に向ける個人的な感情は何もないということか。


 好きになってもらえないことは始めからわかっていた。だって彼はシルヴィーが好きなのだ。

 だから何でもいい、彼女に向ける好意に劣らない何か強い感情をもらえるなら、向けてもらえるなら、憎しみだってよかった。

 彼が好意を寄せる彼女を酷い目に合わせれば、女性として一番に好意を寄せる彼女に酷いことをすれば、彼女に向ける好意と同じだけの憎しみをもらえると思ったのに。


 私がしたことはすべて無駄だったのか。何も悪くないあの子を痛め傷つけただけの私は結果何も得られなかったただの愚かな女だったのか。


 無感情――それは何よりも残酷なものだった。



「…わかりました。…もう、結構です。……逃げられないのですし、拘束を解いてはもらえませんでしょうか…大人しく従いますので」


「……そうだな、この場で逃げるのは不可能だろう。…念のためシルヴィーの周りは護衛で固めろ。……よし、放してやれ、レオ」


 自分で願ったもののやけにあっさり放してもらえるものだと、腕から離れていく熱を残念に思ってしまう自分が酷く滑稽だった。そして胸の奥底にあった喜びの灯も静かに消え去った。


 完全に拘束は解かれ、私はゆっくりと立ち上がった。地面についた服の汚れを払う気にはなれなかった。もうそんなことをする必要はないのだ。


「殿下、この愚かな女に是非…償いをさせてください」

「それはこれから城へ行きじっくり話を……おい!何をっ」


 殿下へゆったりと笑いかけると、そっとポケットに忍ばせていたナイフを取り出し己の首に充てた。


 もうこれしかないのだ。


 そうして首に充てたナイフで勢いよく己の首を切り裂いた。瞬間、吹き出す鮮血。


「きゃあああああぁぁぁぁ!!」


 シルヴィーの悲鳴が届き、己の身体が揺らいだ。

 倒れそうになったところを誰かに抱きとめられた。ぼやける視界にその相手が映り込む。

 見たこともない表情を浮かべるその人に湧きあがるのはほの暗い喜びだった。


「何故っ…何故このようなっ……」


 貴方のそんな顔が見たかった、なんて言ったら怒られるかしらね。

 何の感情も貰えなかった愚かな女はこんなことをしてでも貴方の、レオ様の中に入りたかったの。

 衝撃的な記憶としてきっと生涯貴方の中に残るでしょう?

 こんな狂った女に好かれてしまって、可哀相な人。


「ごめ…な…い」


 ごめんなさい、好きになって…ごめんなさい。


 それでも貴方の中に居場所がほしかったの。


 時が経って記憶が薄れてきても、ほんの片隅でいい、私を貴方の中に残してほしいの。




 最後に貴方の顔を見ながら逝けるなんて、最高のご褒美ね。



「ルナ様!」



 そして私の意識はゆっくりと暗闇に堕ちていった。



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