96/294
「離れないで」
「ねぇ、だから、言ったじゃん」
冷たくなった目の前の君は、優しそうな笑みを浮かべている。痩せこけた頰と、抜けて無くなったまつ毛と、カサカサの唇と、それから。
私の手を握りしめたままの、木の枝のような手。
「逝かないで、って、言ったばっかじゃん、ねぇってば」
何も考えられない。思い出せない。一瞬にして、全てが無くなってしまったよう。涙なんて出ない。今私は、どうしてこんなことを口走っているのかさえも、分からないんだ。
白いベッド、電源の切られた機械。開いた窓から入ってくるそよ風と、窓の外に広がっている青。側に置かれた、咲いたばかりの花々も。
「ねぇ……」
最期に君は、見え見えの嘘を吐いた。息を止める直前、ずっと一緒だよ、なんて、ありもしないことを笑って言った。それがどうしようもなく悲しくて、寂しくて。心臓が握りしめられてるように痛いし、肺が潰されてしまったみたいに苦しい。
「離れないで…………」
ようやく溢れた涙は一粒だけで、君の手の甲を濡らした。もう、動かない。




