ココア
汗がじんわりと背中を濡らす。上着を脱いで、裾をぱたぱた扇ぐ。扇子を持ってくれば良かったと後悔するお昼頃。私は友人と遊ぶ為に、友人宅に向かって長い坂道を歩いている途中だ。
「あーーーー暑いーーーー」
口を開けば暑いしか出てこない。今頃家で準備をしている彼奴は、冷房の効いた部屋で涼しい思いしてるんだろな。無性に悔しい。歩きたくない。
片道、徒歩1時間の道のり。別に今日が最高気温25度なんて暑い日じゃなければ、これくらいの道は苦じゃなかった。でも、私は夏生まれのくせに誰よりも暑さに弱い。夏になるとかなり弱体化する。それくらい暑いのが無理。
「ほんと無理ーーーー!!」
隣を通っていく車の音に、叫び声はあっさりかき消される。そのほうが恥ずかしくないんだけどね、と思いながら、叫んでも当然消えない暑さにイライラした。
4月に入ったばかりでこの暑さ。一体、真夏日はどうなってしまうのか。最高気温60度超えるってマジで。地球温暖化を進めた奴誰だよ、まったく。地球温暖化が進んでない時代に生まれたかった。
何をどう考えてもどうしようもないことは重々承知の上で、とにかく誰かにこの暑さを擦りつけたい。イライラを擦りつけたい。本気で誰かどうにかしてほしい。どうにかしてくれるなら一生奴隷になってもいいよ。
「はぁ……あとちょっと…………」
坂の上に友人の家が見えてきた。あと5分もしないうちに着く。友人に会ったらまずは、近くの自販機までココアを買いに行ってもらおう。暑さを思い知れ。
くだらないなぁ、暑さで頭やられてるなぁ、なんて自分で思って苦笑いして。むしろ友人宅が涼しいことを願ってラストスパートをかける。友人が涼しい環境にいるであろうことに対する悔しさよりも、今はもう、友人宅が涼しいであろうことが唯一の希望だった。
「は……着いた……!」
ざまぁみろ太陽。やっぱり頭おかしいなぁって再三思いながら、インターホンを押す。友人は待ち構えていたかのように、すぐ出てきた。
「お、やっと来たか。お疲れー」
タンクトップに短パン、それから片手にアイス。4月とは思えない……というか、気温30度の真夏日みたいな格好の友人。手招きされて、素直に従う。
玄関を一歩お邪魔した瞬間に体を包む、圧倒的な冷気。冷房付いてたことに大きな喜びを感じ、一気に心が軽くなった。さっきまでの苦痛が嘘のよう。
「座って待っててー」
リビングでテーブルの側に座り、背伸びをして涼しさを堪能する。もう何もしたくない。キッチンに行った友人は、すぐに戻って来た。
「はい、お疲れ」
「つめたっ!?」
汗のかいた首筋に、ぴと、と冷たいものが当てられる。体が跳ねて、反射的に振り向いた。楽しそうに悪戯な笑顔を浮かべる友人の片手には、アイスじゃなくて、缶が握られていた。
「飲むでしょ」
テーブルにそっと置かれたその缶は、アイスココア。奪うように、手に取った。そして開ける前に迷わず頰に当てる。冷たすぎて、ちょっと痛い。でも、関係ない。
「ありがとぅぅぅぅ! 信じてた!」
「何をだよ」
失笑する友人を他所に、缶を開ける。カラカラに乾いた喉に一気に流し込み、胸いっぱいの幸せに溜息を零した。ココアの濃厚な甘さが、口から喉からお腹から、全身に広がっていく。ついでに冷たさも。
「そんじゃ、ゲームするぞ」
「おー!!」
ココアを飲み干し、勢いよく缶を置いた。すっかり涼しくなった体は、もう暑さを忘れていた。テレビゲームを付け、友人から手渡されたコントローラーを握りしめる。
よし、あとでもっかいココア飲も。
季節外れの暑さも悪くないと一瞬だけ感じた。それは、友人のココアのおかげ。




