来ない
「ごちそうさまでした!」
両手を合わせて、元気よく挨拶をする。俺の目の前に座るその元気な彼女とは、中学校の時、意気投合してから頻繁に遊ぶようになった。彼女が食べるのを眺めていた俺は、嬉しそうに笑う彼女の顔を見ながら、後片付けを済ます。
「お粗末様でした」
「やっぱ海斗の作るご飯最高だわぁー!」
「それはなにより」
「ね、今日も泊まっていっていい?」
満足そうにお腹をさする彼女。スタイルのいい彼女のことだから、お腹は膨らんでいないのだろう。そんなことを勝手に思いながら、彼女のいつも通りのお願いに頷く。
夕方、俺の家に夕飯をたかりにきて、夜、同じベッドで俺を抱き枕にして彼女は寝る。そして朝、自宅へ帰る。ここ暫く、ずっとそんな感じ。
「お風呂先に借りるねぇー!」
「はいはい、どーぞ」
お風呂場に消えていった彼女。何も考えていないような後ろ姿を見て、ふ、と口角をあげた。毎日毎日うるさい彼女のおかげで、俺にしばらくは恋人ができなそうだ。
1時間近くして彼女が出てきたので、俺も続けて入る。彼女とは違い、ものの10分程でお風呂を出ると、彼女は既に布団に潜っていた。
「今日は早いな」
「…………うん」
いささか元気がないように感じた。だけど、さっきあんなに元気だったのに? もしかしたら勘違いかもしれないけれど、急いで歯磨きを終わらせる。部屋の電気を消すと、俺も布団に潜り込んだ。
「どうした、なんか元気無いな」
「あの、ね」
暗闇の中、背中合わせ。いつもなら抱きついてくる彼女が、抱きついてこない。やはり様子がおかしい。聞いたことに対する返答も、途切れてしまって分からない。
「何かあったか?」
「……あの……もうしばらく、ここ、来ないかも」
突然の宣告に、心臓がどきんと跳ねた。不安と恐怖が同時に頭を支配する。俺が何かしてしまったのか。
震えそうになる声と、質問責めにしたい気持ちを無理やり抑えて、冷静を取り繕って理由を問う。彼女は今までにないくらい、苦しそうに言葉を絞り出した。
「彼氏、できたんだ」
頭が真っ白になりそうだった。声が出なくて、言葉も分からなくなって、心臓の音だけが頭に響いてて。なにかを誤魔化すように、仰向けになって、何も見えない天井を見上げた。
「そうか」
おめでとうとは、まだ言えなかった。たったその一言を伝えるのが限界で、何も考えられなかった。それから沈黙の中、彼女は最後だと言わんばかりに、俺を強く抱きしめて、そのまま眠りについていった。
「俺のこと、取り残すのかよ」
寝息を立てている彼女が、実は起きているかもしれないことなんて考えなかった。ぽろっと口から出てしまった言葉が本心だと、自分で気付いたのは翌日の朝だった。
もう、彼女は来ない。




