ぬいぐるみ
「すいぞくかんとぉー、ゆうえんちとぉー、こうえんもいこうねぇー!」
何も見えないような、真っ暗な闇の中で、少女は楽しそうに笑っていた。椅子に座ったその子と、嬉しそうに会話をしていた。母親はそれを見て、何も言えずに立ち去るのだ。
いつからあぁなってしまったのか。その理由を、母親は知っていた。知っていたからこそ、何と言えば良いのかわからないのだ。
母親を支えてくれる人はいた。だけど、その少女を支えてあげられるのは母親しかいない。母親は毎日言葉を悩んでは、些細な慰めしかできなかった。
横断歩道を先導していた父親が、目の前で消えた。幼い少女には、何が起こったのか理解できなかった。父親が消えていった方向を見て、血塗れの父親を見て、ただ、ぬいぐるみを抱きしめた。
父親は、昼間からの酔っ払い運転に巻き込まれて即死だった。
しばらく少女は、遠いどこかを見つめて、ぼーっとしていた。母親も、少女のことが心配ではあったが、自身の心の整理もついていなく不安定だった。
そして少女は1週間後、突然"ぬいぐるみ"に話しかけるようになった。何も考えてない、虚空を捉えている目。形だけの笑顔。猫のような声色。
「あ、わたしねぇ、きれぇなほうせきもってるのぉ、みせてあげるねぇ!」
とたとたと部屋の隅に走っていく少女。その足音と声を聞いて、頭痛を覚える母親。暗い部屋から響く笑い声は、暗い家の中に染み込んでいった。




