旅路
僕の隣に、君がいないこと。
慣れなきゃいけないなと溜息を吐いた去年の秋。
君がいない春は、どうにも寂しくて冷たいです。
君に、春を送ります。
*
街並み綺麗な京都。空を染めるように、満開になった桜が咲き誇る。僕はその景色を、写真に収めた。
旅を初めて2年程。僕と一緒にカメラを構えて、楽しそうに笑った君の姿が恋しい。もう見ることはないのかと悔しく思う。
去年の夏から、君は僕の隣から消えた。
熱中症が原因だと思われた気絶は、頭の異常を知らせる、とても遅い君からの信号だった。カメラを側に入院したまま、それから一度も、君がカメラを構えて笑ったことはなかった。
一緒に旅をしてくれた、大切な仲間だった。――否、恋人だった。
僕の旅先を毎回聞いてきては、仕事の休みをとり、一緒にカメラを持って嬉しそうに着いてくる。単純で、子犬のような彼女の可愛さが、僕の旅をより一層楽しいものにしてくれていた。
そんな、過去のことを思い返しながら、また一枚、景色を写真に収める。陽の光に照らされて輝く、桜の花弁。不意にそれは、君のようだと思わせた。
帰り道、お墓に寄っていくことにした。この桜を届けたいと、ふと考えたからだった。
***
「ただいま」
冷たい墓石。首からカメラを下げて、右手に現像した写真を持つ。話しかけても君から返答なんてないし、聞いてもいないかもしれない。でもただいまと、言いたかった。君と
話したい。
「旅先でね、綺麗な桜が咲いてたよ。去年見に行った桜よりも綺麗だった」
墓石の前に現像した写真を置く。桜をいろいろな角度から撮った写真。それから、様々な種類の桜を撮った写真。
きっと君が、幸せそうに側に立ったであろう、大きな桜の木の写真も。
「だけど嬉しくないよ。君が一緒にいないと、いつか桜の美しさもわからなくなりそうだ」
はは、と一人で乾いた笑い声をあげる。虚しさが心を埋め尽くした。そうでもしないと死んでしまいそうだった。寂しくて、辛いよ。
「また、一緒に旅先でカメラを構えよう」
叶うことない願いごとだって。願うだけなら、君に伝えるだけなら、許されてもいいだろう。四季を僕が持ってくるから、せめて一緒に過ごそう。
君のいない春は、悲しすぎる。




