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日めくりカレンダー  作者: 流美
3月の日めくりカレンダー
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天使になった僕


 僕は昔、天使に告げられた。


「辛かったら死んでもいいんだよ」


 嘘か本当か、自分でも信じられない話。その時の僕は何の疑いもない無邪気な笑顔で、幸せだよ。そう答えていた。

 天使の言葉の意味を知ることになったのは、僕が中学2年生。兄が17歳の時だった。





 離婚した父親は、兄の少ないアルバイト費に頼って生活していた。かろうじて家賃が払えて、ガス代や電気代などは大抵諦めている。それでも酒を飲んで、毎晩自暴自棄になる父親。その矛先が、僕だった。

 殴られて、蹴られて、叩かれて。挙句の果てには瓶を叩きつけられた。背中が血塗れになって、痛みに悶えた日。兄は怯えながらドアの向こうで僕を見ている。数日間、笑いながら僕は痛みに耐えていた。


 勉強はどんどん頭から抜けていき、何も手につかなくなる。いつの日か父親に殴られ始めると意識が飛ぶようになり、気付くと、全身から伝わる鋭い痛みが一気に襲ってくるのだ。


 生きてても、仕方ないな。

 アルバイトが出来ない僕は、兄を助けられない。むしろ折角稼いでくれたお金を、給食費などで持っていってしまう。その額は結構大きくて、毎回兄に伝えるのを躊躇する。

 僕がいないほうが、きっと兄は楽になれる。きっと、いや、絶対に。僕のためのお金の浪費が無くなって、もっと生活に回せるようになって、そしたら、もしかしたら、父親だって落ち着きだして、また仕事してくれるかもしれない。


 ふと、天使に昔告げられたことを思い出す。夢だったのかもしれない、その言葉。だけど今は、それが僕の中の引き金になった。

 夕方。オレンジ色の光が眩しい4階教室。窓から入ってくる風が、廊下の向こう側へ抜けていく。


 何も考えてなかった。周りの確認もなにもしないまま、開けた窓の反対を覗くように、頭から落ちていく。


 迎えにきてよ、天使。

 ふと頭に浮かんだ言葉も意識も、僕の体も心も、ばらばらに散って飛んでった。





『久しぶり』


「あ……ほんとに、いたんだ」


『夢だと思ってたでしょ、知ってるよ』


「僕、死んだの?」


『死んだよ。だけど、君のお兄ちゃんに良い影響は無かったみたいだね』


 空中に映し出される映像。痩せこけた兄の姿と、暴力を振るわれる兄の姿と、そして……。


「僕の分まで、犠牲になっちゃったの……?」


『そういうことだね。どうする? 僕が迎えにいっても良いけど、君が行く?』


「迎え……?」


『背中、見てみなよ』


 目の前の天使と違う、極端に小さな純白の羽。


「お兄ちゃんを、迎えにいける……?」


『そういうこと』


「行く。僕行くよ」


『それじゃ、行ってらっしゃい』


 白い世界から白い世界へ。周りの風景は変わらない。でも場所が変わったことを感じる。


 ボロボロな白い羽を生やし、座り込む兄の姿。


「迎えにきたよ」


 そこで僕は久しぶりに、兄の笑った姿を見た。


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