これが私の幸せなので
「おかえり、遅かったね」
「……ごめんなさい、医者にいろいろ聞かれちゃって」
「そう。何を聞かれたの?」
「…………傷のこととか」
あまりの腹痛に病院に行ってきた私は、帰宅直後、同棲している彼に問われた。にこにこと、優しくて可愛い笑顔を見せている。だけどその笑顔と何の違和感もない声色が、私の肺を掴んでいるように息苦しい。
「言ったの?」
「何も言ってないです……」
「そっか。いい子だね」
一歩迫ってきた彼は、その骨張った大きな手のひらで、私の頭を包み、割れ物を扱うように撫でてきた。彼の手のひらの温かさは心からの安堵をもたらし、詰まっていた呼吸を回復させた。自然と頰が緩み、ありがとうと答える。
「はい、じゃあ脱いで」
「…………えっ……?」
「今すぐそこで、全裸になれって言ってるの。ほら早くして」
だけど態度は一変、蔑んだ目を一直線に私に向けてきた。また私の息はか細くなり、体は思うように動かず、彼と目を合わせるのが精一杯だった。彼は許してはくれない。
乾いた音を玄関に響かせた彼。頭が揺れる衝撃と、耳を劈くその音で、視界が一瞬白く光った。じわじわと頰から熱い痛みが伝わってくる。
「ねぇ、俺が待つの嫌いだって知ってるよね。お前は俺の何だっけ? 分かってる? まさか、もう忘れたの?」
「忘れて、ない、です……」
「じゃあ何? 言えよ。分かってんならすぐ言えんだろ」
勢いよく掴まれた胸倉。思わず咳き込みそうになったのを無理やり耐えて、彼と交えた視線をどうにか外さないようにする。ここで視線を外してしまえば、更にどうなるか分からない。震えた言葉を、絞り出す。
「私は、貴方の……」
「あなた?」
「……ご主人様の、ペット、です……」
「そうだよな、俺のペットだよな。じゃあなんで反抗してんの? 俺の命令に逆らうようなクソ犬だったの?」
必死に首を振って否定する。ようやく離された胸倉。同時に私は、上着のボタンに手をかけた。焦りすぎて滑ってしまいながらも、次々に外していく。
「ねぇ」
黙ってその光景を見ていた彼が、不意に声をかけてきた。すぐさま反応して、顔を上げる。上着をその場に落とし、半ズボンのチャックに手をかけたところだった。
私と再び視線が交わったのを確認すると、彼はうっすらと笑みを浮かべた。
「逃げたいと思わないの?」
「…………はい」
「これが私の幸せなので」
この2人はこういう関係です。お互い本物の幸せです。何かを批判したりしているわけではないことをご理解ください。




