憧れのまま
「先輩っ、お疲れ様ですっ!」
私の憧れの存在。テニス部の先輩は、私の差し出したタオルを手に取り、汗ばんだ首筋を撫でる。水を渡すと、一気に半分程を飲み込んだ。
「ありがとう、沙良。一緒にやるか?」
「えっ……良いんですか!?」
部活の人数が多いせいで、先輩と後輩で一緒にやることは少ない。やったとしても先輩対後輩で、試合になることが多かった。それが先輩、直々に誘ってくれるだなんて。
顧問の方をチラッと見ると、特に何も言ってくる様子は無い。笑顔で「お願いします」と答えて、先輩の反対側へ走る。
「いくぞー」
「はーいっ!」
*
足が震えて、もう動けない。息が荒過ぎて肺が痛いし、汗が目に入って視界が霞む。先輩と部活終わりまでずっとやっていた。ノンストップだ。水分を補給しようにも、補給するまでの労力が足りない。
「お疲れ。大丈夫か?」
「あ、先輩……お疲れ様です……」
先輩が、水の入ったペットボトルを持ってきてくれた。先輩も疲れている筈なのに、少し呼吸が早いくらいに思える。
先輩と後輩の差なのだろうか。私も来年には、今の先輩のように体力がもっとついているだろうか。
「ちょっと無茶し過ぎたかな。付き合わせてごめんな」
「い、いえっ……憧れの先輩とできて光栄です……!」
「憧れ? はは、私よりも憧れるべき人はいるだろう」
先輩だから憧れなんです、までは言えなかった。入学したての頃。部活見学時に先輩を見て、その格好良さと綺麗さに私は憧れたんだ。あの先輩みたいになりたいと、テニスをやったことない私が思ったくらいに。
「んじゃ、お疲れ。あたしはもう帰るよ」
「お疲れ様です、ありがとうございました!」
ふらつく足を無理矢理立たせ、先輩に深く一礼をする。すると隣に、同級生の子が歩いて来た。私のことを不思議そうな顔で見つめてくる。
「もうすぐ先輩、卒業しちゃうよ」
「うん……そうだね」
「憧れの存在のままで良いの?」
何を言いたいのか分からない。先輩は憧れの存在だ。それ以上でも以下でも無い。部活の先輩と後輩の関係なんて、それだけのものじゃないのか。
「このままで良いよ」
「憧れの存在だけには、見えないけどなぁ」
「……そう?」
「先輩のこと、好きなように見えるよ」
不意に心臓が大きく反応した。覚悟していた言葉に思えて、覚悟していなかった言葉。好き、なんて思ったこと、あっただろうか。
先輩の側にいたいと思うことはあったし、一緒に出かけたりできたらな、と思うこともあった。でも多分、憧れの存在であることに違いはない……と信じたい。
「先輩に手紙書いたら?」
「手紙……」
「手紙だったら好きなこと書けるでしょ」
確かに、いろいろと先輩に伝えるには手紙が有効だ。卒業おめでとうございますの意で手紙を書いても良いかもしれない。
「書いてみようかな……」
*
――先輩へ。
ご卒業おめでとうございます。先輩に憧れて私はテニス部に入りました。先輩とお話したり、一緒にテニスをすること、とても楽しかったです――
*
――先輩は、ずっと私の憧れです。
書き終えたと同時に、涙が溢れる。拭っても拭っても溢れてくる。心の中がいっぱいになって、寂しさと悲しさと悔しさが溢れてくる。
もっと一緒にいたい。もっと一緒に。もっとずっと隣にいたい。
今まで感じたことがないような思いまで、全部漏れてくる。先輩。先輩。先輩っ……。
ずっと、憧れから変わらなくて、良いのに。
急いで書いたのとしっかり構想をしなかったせいでボロボロです。
流石にいつか書き直したいです






