居場所
この世界に私の居場所なんて、もう無くなってしまったんだと思っていた。
大切にされていると思っていた彼氏に逃げられ、両親には見捨てられ、仕事もできなくなってきて、もう誰も私を助けてはくれないと思っていた。
隠せないほどに膨らんだお腹をさすり、お金のことを考える。今生きていくだけで精一杯で、病院に行く余裕なんてない。
公園のベンチはいささか冷たくて、お尻が冷えた。温い風が花弁を運んでいて、私を慰めてるのでは、なんてくだらないことを考える。
この子には悪いけど、もう死んじゃおうかな。もう少ししたら、生きていくことだって本当の意味で辛くなる。この子を幸せにすることだって叶わない。だったら、逃げてもいいんじゃないか。
重いお腹に苦しみながら、立ち上がる。無理のない範囲で背伸びをして、青い空を見上げた。鳥が一羽、何処かに飛んで行った。
「お姉さん、暇ですか?」
いきなり背後から声をかけられる。ゆっくりと振り向くと、ベンチの背もたれに両手をついた男性が、にっこりと微笑んでいた。
「もし暇だったら、俺と遊びませんか? 1週間で6万。満足させてあげますよ……って、妊婦さんに言ってもダメかな?」
爽やかに笑い声をあげ、目を細める男性。私は、幸せそうな、裕福そうな妊婦さんに見えているのか。そんな筈は無いんだけど。
「悪いけど私、本当にお金無いの。もう死んじゃおうかなって思ってるくらいに。だから、他の人に当たりなさい」
納得いかないのか意外だったのか、男性は一変して、キョトンとした顔を見せた。何かを考えて、考えて、考えて、あまりにも考えている時間が長いから、その場から離れようかと思った時。
「お金無いなら、俺に借金してみませんか?」
今度は私がキョトンとしてしまった。借金してみるかなんて持ちかける人が、闇金以外にいるのだろうか。もしかしてこの男性は、危ない組織の一員ではないのか。
「悪いけど――」
「金ならある。いつもさっきみたいに商売してたから。だってさ、お姉さんみたいな若い人、俺と出会ったからには死なせるわけにはいかないよ」
ベンチの後ろから、私の目の前までやってきて、安心感のある笑みを浮かべた。つい、考えてしまうが、やはり怪しい。怪しいけれど、でも、どうせ死ぬなら。
「本当に、いいの?」
「ちゃんと返してくれるならね。それと、何があったのかも教えて。そしたらいくらでもどうぞ」
「私、住むところすらないんだけど」
「あぁ、それは問題無いよ。俺と一緒に住もう」
さらっとそういうことを言えてしまうのは、本当にお金持ちな余裕なのか、本当に危ない組織の人なのか。不安は拭えないけど、心の片隅で、何かが灯ったのは見逃さなかった。
「ありがとう」
「いえいえ。今日から宜しくね」
世にも奇妙な私の居場所は、こうして新しくできてしまった。
また0時過ぎてしまいました。




