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笑顔
お腹が大きく脈を打つ。まるで胃と心臓が交換されてしまったみたいに、どくどくと。止めどなく溢れる血液の生暖かさが、気持ち悪い。
「だいじょーぶ、もうすぐ楽になれるよ」
ぼやけた視界を埋め尽くす、彼女の優しい微笑み。さっき見ていた表情とはまるで違う。直前まで、座った目で包丁をこちらに向けていた彼女とは、まるで、違う。
「すぐ楽になれないのは、貴方が無駄に抵抗したからなんだからねー」
最期に、幸せそうな彼女の顔が闇の中に見えた気がして。ゆっくりと滲んでいく意識の中で、彼女の声が木霊した。
「愛してる」




