愛されたかった
目が覚めたそこは、足元がおぼつかない、なんだかバランスがよくわからない、変な空間だった。
白い壁と白い天井。陰は無くて、360度から太陽に照らされているような眩しさ。だけど目を細める程には感じない。
今どこにいるのか。何故こんなとこにいるのか。
どこかのなにかのストーリーでは当たり前のようにそれを自問するけれど、私にはその答えが分かっている。いや、正確な答えを求められたら、ちょっと違うけれど。
私は死んだ。だから多分ここは、天国とか、天国行く前の何かとか、そういうとこ。親に枕で顔を押さえつけられ、無抵抗で消えゆく意識を他人事のように感じていた。そんな最期。
あの人のことだ。私が死ぬ直前に枕を離したなんてことはないだろう。ただの腹いせ。自分の気が済むまで、死んだ私のことを殴っているかもしれない。
しかしまぁ、ここから私はどうしたら良いのだろう。
天使か悪魔か、はたまた神か。誰かが迎えに来てくれるのだろうか。それとも私はここから、何処か果てしないところに向かって歩いていかねばならないのだろうか。
全く分からない。そりゃそうだ、死後なんて頻繁に体験してたらたまったもんじゃないって。
とりあえず、ようやく死ねたんだなという安堵が心を満たした。逃げようにも、逃げられなかった小さな狭い世界。私は唯一の逃げ場を、親から最期に与えてもらったらしい。
ふと後ろに気配を感じ、振り返る。そこには純白の巨大な翼を広げた天使が、身軽そうに浮いていた。
「君の望みを聞かせてほしい。これはただの僕の好奇心であり、興味であり、天国に行くか地獄に行くかが決まるわけじゃないけどさ」
「私の、望み……」
そんなこといきなり問われても、と思いながら、考える。1番最初に頭に浮かんだのは、あの人の不機嫌そうに私を睨む顔と、私を殴る拳と、甲高い怒鳴り声だった。大嫌いで、大嫌いで、大嫌いで仕方なかった。
でも私は希望を持つことを諦めたときから、ずっと思っていたんだ。
「……愛されたかった」
一度だけでも、抱きしめてほしかった。生まれてきてくれてありがとうって、言ってほしかった。私に居場所を与えてほしかった。
「そっか」
目の前の天使らしき人は悲しそうに、寂しそうにそう言って、力無く微笑むだけだった。
「さぁ、おいで」
そう言った天使らしき人は、手を伸ばしてくれた。私に対して手を差し伸べてくれた、初めての人だった。




