朝の味噌汁
久々に、朝早く起きた。まだ陽が昇っていない、薄暗く寒い時間帯。それは、ほんの僅かな思い付きだった。
昆布と鰹節で出汁を取り、2分の1の玉ねぎを薄切りにする。出汁が沸騰したら玉ねぎを入れて、透明になるまで待つ。それから味噌をといて、沸騰させないよう気をつけながら完成。
簡単なんだけど、面倒くさがりな俺にとっては手の出しづらいもののイメージがあった。ご飯を茶碗によそり、テーブルの上に並べる。いつもはつけるテレビも、今日はつけなかった。
両手を合わせ、静かに「いただきます」
ご飯と味噌汁だけの、あまりにも簡素な朝飯。それでも、味噌汁に口をつけた瞬間、ふと脳裏には"彼女"が浮かんできた。
つい数ヶ月前まで此処で、毎朝ご飯を作ってくれた彼女。味噌汁とご飯と、もう一品。作り終えた彼女は、バイトに行く。
まだ大学生の、若い娘だ。両親を突然亡くし、親戚とすぐに連絡が取れなかった為に、路地裏で壁に寄りかかっていた。その姿は寂しげで、悲しげで、当たり前だけど、とにかく苦しそうだった。
つい声をかけてしまった時、下心は本当になかった。だが疑われても仕方ないなと思っていたのだが、彼女はすんなり着いてきてしまった。
家に帰って、簡単な食事を用意する。彼女はまだ晴れない表情だったが、少し落ち着いたのか、一筋の涙を零しながら美味そうに食べてくれた。
それから彼女は、親戚と連絡がつくまで此処で暮らしていた。彼女の家庭力はなかなかのもので、毎日朝ご飯と昼の弁当を用意してくれた。夜ご飯までは流石に任せられなかったので、夜は俺が担当したが。
実家を離れて何年も経つ俺にとって、人が作った料理というのは感慨深いものであった。毎日きちんと感謝を伝え、美味い飯を作ってもらっていた。
だが数ヶ月前、彼女は親戚と連絡がついた。俺と出会って、たった1週間とちょっと。親戚の誘いに甘え、彼女は親戚の家にお邪魔するとのことだった。
短い間でしたが、ありがとうございました。
彼女はそれだけを言い残して、あっという間に行ってしまった。仕方ないことだと理解していても、その短い間が忘れられない。
気付けば俺は涙を流し、味噌汁を落としそうになっていた。ゆっくりとテーブルの上に味噌汁を置いて、袖で涙を拭う。大の大人が、これでは情けない。
彼女も、辛さから早く解放されたら良い。
俺はそう願って、また味噌汁に口をつけた。




