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日めくりカレンダー  作者: 流美
2月の日めくりカレンダー
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卵焼き

 結婚して3年目になる。また倦怠期が来るなと日々思いながら、寝る前に夫の肩を揉むような日常。

 人並みの料理はできるが、凝った料理は作れない。だから何か特別な日は、夫に料理をお願いしている。夫の誕生日も、夫自ら作ると言い出した為、作ったことがない。


 けど私の誕生日に限っては、特に凝った料理は作らないようお願いしている。それなら私が作れば良いのだが、夫自身が作ると言い張っていた。

 凝った料理が嫌なわけではない。……大の卵料理好きなだけだ。とにかく卵料理がすきで、一人暮らしをしていた時は、1週間の夜ご飯のおかずが、卵焼きだけだったことがある。

 その時はまだ彼氏だった今の夫に、アレルギーになるから食べ過ぎは良くないぞ、と笑われた。アレルギーになったら流石に嫌だと、その日から、なるべく抑えるようにしていた。


 そしてこれは、私のただの惚気話。



「誕生日おめでとう、由美。今日の料理、卵焼きでいいかな」

「ありがとう。卵焼きがいいな、楽しみにしてる!」


 朝、私のほうが早く家を出て仕事に向かう。誕生日だからといって、仕事を休むわけにはいかない。誕生日が平日なことを毎年恨みながら、またいつも通り同じ仕事を繰り返した。


 昼、自作のお弁当を休憩室で食べる。誕生日だからといって特別なお弁当にはしていない。夫からオマケで、デザートにさくらんぼを貰ったくらい。憂鬱になりながらも、冷凍食品ばかりのお弁当を、午後に向けて食べきった。


 夜、終わりきらなかった仕事は残業せず、明日すぐに取り組めるように整理しておく。上司からたまに嫌味を言われるが、最近ではめっきり数が減った。仕事場から出て車に乗った瞬間、ポケットに入れたスマホが震える。


「もしもし。ごめん、卵焼き失敗しちゃった」

「別にいいよ、そんなの気にしなくて。というかわざわざ、それを言うために電話したの?」

「もう一度作り直すからさ、ちょっと寄り道してほしいってお願い」

「あぁ、そうなの。わかった、何分くらい?」

「んー……そうだな、20分くらいほしいな」


 了解、とだけ答えて電話を切る。何処に寄り道しようかなと思考を巡らせた。

 現在時刻は17時。今ならまだいろんな店が開いている。ただしその分、選択肢が多いせいで迷うのだ。


 自分への誕生日プレゼントに、新しいハンカチでも見にいこうかと、車を発進させた。なかなか珍しい、ハンカチ専門店が家の側にある。私は結構な頻度で利用していて、常連の扱いになっていた。



「お誕生日おめでとうございます。ありがとうございましたー!」


 店長さんに祝われてしまった。少し気恥ずかしく思いつつも、嬉しさで顔がニヤけてしまう。いつもは見るだけの、ほんのちょっとお高くて、その分上質なハンカチを数枚購入した。

 電話が来てから、もうそろそろ20分経つ。購入したハンカチを、大切に鞄の中にしまって、家に帰る。


「おかえり、用意できてるよ」

「ただいま。すっごく良い匂いする」


 ドアを開けた瞬間に、一気に香ってくる美味しそうな匂い。卵焼きではない匂いも混ざっていて、何か他の料理も作ったとみた。


「――嘘」

「お誕生日、おめでとう。いつもありがとうな、由美」

「嘘、嘘、そんな……えっ……」


 部屋に入った刹那、テーブルに並べられた色とりどりの料理に目を奪われる。卵焼きだけしか、聞いてないのに。

 大切なハンカチが入った鞄が、手から滑り落ちる。夫は何も言わず、笑顔でそれを拾って持っていてくれた。


「なんで、こんな……どうして……?」

「驚いてくれた?」


 花が散らされたお洒落なサラダ。それから卵とニラの温かいスープ。お皿に盛られた、カリッとした衣の唐揚げ。そして中心に置かれている、3種類の卵焼き。

 何も言えなかった。つい目頭が熱くなってしまう程に、嬉しくて、嬉しくて。こんなの思ってもいなかったから本当に、ビックリして、それでもやっぱり、とにかく嬉しくて。


「なによ、これぇ……!」

「喜んでもらえてるみたいで良かった」


 まだ着替えを済ませていないことも忘れ、夫に抱きつく。思いきり抱きしめると、夫は優しく抱きしめ返してくれた。この温もりが心地良くて。


「卵焼き失敗したなんて、嘘だったんでしょ……もう……!」

「あはは、流石にバレた? いやぁ、準備が間に合わなくてさ」

「こんなのバレるに決まってるじゃん、ばか……!」


 ささ、食べて食べてと背中を軽く叩かれる。浮かんだ涙を拭い、席に座った。目の前に広がる、きっと食べきれない料理の数々が嬉しくて、心はもう、お腹いっぱいだった。

 夫は自分の分と、私の分のご飯を持ってきてくれた。夫が席に座ったと同時に、両手を合わせる。いつもならここで、同じく手を合わせる夫が、今日はニコニコしたまま私を見ていた。

 多分、催促しているんだろうなと察し、私は夫への感謝も込めて短くお辞儀をしてから――



「いただきます!!」

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