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日めくりカレンダー  作者: 流美
1月の日めくりカレンダー
28/294

赤信号



 神社の前の赤信号、渡ったら神様に呪われるんだって。



 私が小学4年生の時だった。気付いたときには壊れていて、永遠に赤から変わらない横断歩道の信号があった。市は、それの修理にかけるお金を惜しんでいた。

 そして最近、学校では不思議な噂が流れている。神様に呪われるということと、横断歩道を渡ったら呪われるということ。全く訳がわからない。

 私は子どもながらに、その噂は根も葉もない噂だと理解していて、あまり興味の無いものだった。大人ぶっていただけと言えば、違うとは、はっきり言えないけれど。


 そして私のクラスの友達が、実際に赤信号を渡ってみたらしい。翌日元気に学校に来て、私に体験談をしてくれた。なんの面白みもなく、体験談は3分で終わったが。

 やっぱり根拠の無い噂だったんだなと、心のどこかで安堵の息を吐いた。私が登下校する道から、噂の神社と横断歩道は、道を少し外れたとこにある。だから少し、ほんの少しだけ、怖いと感じていた。


 体験談を話してくれた友達が、何やらおかしいと感じたのは下校する時。いつも真っ先に列を崩し、班長の先を行ってしまうような友達が、今日は大人しく歩いていた。

 珍しいなとは思いながらも、良いことを咎める理由が無い。きっと今日はそういう気分なんだろうなと、自己完結させておく。ふと心に過ぎった不安は、見ないようにして蓋を閉めた。


 神社の方向へ行くための分かれ道。友達は迷わずに、神社の方向へ歩き出した。班長は気付かずにいつも通りの道を進んでいく。

 班長に声をかけようにも、その間に友達はどんどん進む。班長だって進む。お互いかなりの距離が空いてしまったところで、私はようやく心を決めた。

 友達を追いかけて、横に並ぶ。私のほうを見向きもせず、友達は黙って歩いているだけだった。いつもとは雰囲気も違う友達に、恐怖を覚える。

 そうこうしてる間に、神社前の横断歩道まで来てしまった。


「赤信号、みんなで渡れば怖くない」


 ぽつりと友達がこぼす。と同時に、私の視界は大きく揺らいだ。

 どんっ、と背中が押される。赤いままの信号と、横断歩道。飛び出す形になった私は、思わず短な悲鳴をあげた。

 なんとか転ばなかった。車も来ることもなく、ただその場で押されて転びそうになるだけ。それでも友達に対する怒りは湧き出てしまう。


「危ないじゃん!!」

「ごーめんなさい、ごーめんなさい」


 友達の表情は、あくまで真顔だった。怒って出したはずの言葉も、もう次は出てこなかった。唾を飲み込んで、友達に対する怯えをどうしようかと考えた。

 友達はゆっくり、大きく歩く。横断歩道を渡りきったところで止まり、ぼそぼそと何かを言っている。

 その言葉を聞くために、震えながらも近付いて顔を覗き込むと、友達は涙を零していた。私はもう、どうしたらいいのか分からなかった。何故、友達は泣いているのか。

 耳を傾けて、友達の言葉を聞く。私は反射的に、後ずさってしまった。


「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで」


「わるくないのに!!」


 最後にその言葉を叫んだ瞬間、友達は驚いたように辺りを見回した。そして赤信号の下でしゃがみ、手を合わせ、泣き出した。私の思考は完全に置いてかれていて、今友達が正気なのかどうかも分からない状況だ。

 恐る恐る友達に近付き、声をかける。友達はぐしゃぐしゃの笑顔で、辛かったんだよ、とだけ言って更に泣き出した。置いてかれたままの私はただ、友達の頭を撫でるのが精一杯だった。


 泣き止んだ友達は、家に帰る前にまた、横断歩道に手を合わせた。その行動の意味は理解できなかったけど、私もなんとなく、手を合わせておいた。


 それから友達はまたいつも通りの友達になっていた。天真爛漫というか、とにかく落ち着きがない。つい先日までの友達と、何も変わらない様子だ。

 だけど信号に対して敏感になっていたような気がする。赤信号で渡ろうとする人に対して、それが友達だろうが知らない人だろうが、とにかく過敏に反応して注意をしていた。大体の人は、聞く耳を持たなかったけど。


 あの日何があったの、と問うと、友達は数秒躊躇った後、やんわりと笑った。


「赤信号は、渡っちゃダメだよ」


 それは確か小学6年生。私がもう一度友達に問うと、友達はまたやんわりと笑った。


「青信号も、気をつけるんだよ」


 あの神社の前の横断歩道で、小学生になったばかりの幼い子が、信号無視の車に轢かれたこと。そして運転手は、ちゃんと青信号を渡った幼い子のせいにして、そのまま逃げていったこと。


 私がその事実を知るのは、またしばらく経ってからだった。

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