21/294
残り香
彼の残り香を探している。学校と、街と、お店と、それから家と。何処に行っても、彼の残り香を探している。
わざとではないのだ。悪気もない。決して探そうと思って探してるわけではない。
ただ、気付けば、彼を思い出しては彼の残り香に手を伸ばしていた。
それは、いつだったか。私はもう、覚えていない。彼のことなど、実際はなにも、覚えていなかった。
思い出せるのは、温もりと、それと……なんだろう。あぁ、駄目だ。今日は温もりしか思い出せない。
彼のことを見えなくなった日。つまり、彼が私の記憶から消えた日。私に"彼"がいたことは覚えている。だけど、なんでか何もわからない。
心にぽっかりと穴が空いた気分だった。確実に彼はココにいた。だけど夢のように、ふっと消えてしまった。
理由だって分からない。私が何かでどうにかして記憶を失ったのかもしれない。彼が何かでどうにかして遠いとこにいったのかもしれない。もしかしたら非現実的に、不思議な力が働いたのかもしれない。
それでも彼はいたのだ。絶対に、私の中に。私の隣に。
彼を見つけるために、思い出すために。
私はまた知らぬ間に、彼の残り香を探しているのだ。




