白い世界の白い海の中
そこは、四角い箱の中。でも、どこが壁で、どこが床で、どこが天井なのかわからない。なのに四角い箱ってことは、何故だかわかる。
水の音が聞こえた。曖昧な足場の中、一歩だけ踏み出してみる。ひんやりと冷たい液体が、音も無く、私の足首までを埋めた。足首から先が、水溜まりのようにゆらゆらと歪んで見えるけど、その液体は見えない。
きっとその液体も、白く濁っているのだろうと、察しがついた。私はもう一歩、踏み出してみた。
一瞬、穴に落ちたかと思った。ずんっと下から引っ張られるように、落ちた感覚があった。足首で揺れていた液体が、一気に膝上まで埋め尽くした。
びっくりして、鼓動がいささか早くなったような気がする。けれど私はどうしてか、その感覚がたまらなくワクワクして、また一歩、また一歩と、白い箱の中の奥へと、歩いていく。
じわじわと私の吸い込んでいく液体。いつのまにか私の肩でゆらゆらと揺れていた。そんなに進んだのかなと後ろを振り向いてみたけれど、当然、何も見えやしなかった。白だけが、そこに立っていた。
まぁ、いっか。大きく一歩を踏み出した。水が怖かった小学生の頃、思い切って水の中に潜ってみるみたいに。勢いをつけて、先に進んだ。そしたら、どぷん、なんて間抜けな音を立てて、私はどうやら、液体の中に完全に沈んでしまったようだった。
ふわふわと、意識までも浮いている。私がどうしてここにいるのか。あぁ、どうしてなんだろうと考え出した頃には、自分の名前も分からない。母親の名前も、思い出せない。
きゅっと周りから押し縮められるような感覚が、全身に響く。おぼつかない意識で私は、自分の手の平を見ていた。
その手の平が、生まれたての赤ちゃんのように小さく、しわしわになったところで、私はそこから“消えた”。




