ありがとう、なんて言わないで。
「ありがとう。嬉しいよ」
違う。僕が聞きたいのはそんな言葉じゃない。握りしめた拳がふるふると震える。曖昧に笑う相手が、憎い。
「でも、このままじゃダメかな」
多分、僕のことを何も思っていないのだろう。悩む時間すら無かった。友達以上にはなれない。そう宣告されたと同じに聞こえた。
僕のした事は全て、都合の良い人になるための材料でしかなかったのだ。
毎日話し相手になったのも。毎日遊んだのも。毎日買い物に付き合ったのも。毎日用事を手伝ったのも。
君にとって僕は、ただの都合のいい人だった。恋人にはなれない。僕は、君の、友達以下だ。
「改めて、ありがとうね」
でも本当は、僕が一番分かっていた。こんなこと思って勝手に八つ当たりする僕が、一番クズだってこと。勝手に僕がしたくせに、好きな人のせいにしようとなんかしてること。そして僕が今どれだけ、心の裏側では悲しんでいるか、なんてこと。
お願い。ありがとう、なんて言わないで。心で君を嫌いになりそうな僕が、嫌で嫌で。そんな僕にありがとう、なんて言ってくれる君も、嫌で嫌で。惨めで、情けないよ。
「僕こそ、ありがとう」
へへ、と弱々しく笑ってみせた。やっぱり君は曖昧に笑うままだった。小さくて可愛い足音をたてて、君は逃げるように去っていった。
込み上げてきた涙は、あまりにも情けなくて流さなかった。




