雨の匂い
「あ、雨……」
買い物帰り。先程までは降っていなかったはずの雨が、強く地面にぶつかっている。傘は無く、徒歩で帰るしかない私には厳しい状況だ。
そろそろそんな時期になるのかと、ふと感じた。最近はやたらと雨が多くて困ってしまう。洗濯物は乾かないし、靴は濡れてしまうし。でも、雨は嫌いじゃないのだ。
地面や屋根で奏でられる音楽と、どこか懐かしいようなその匂いが、私は昔から嫌いじゃなかった。耳を傾ければ、全てを忘れて聴くことに没頭してしまう。匂いを嗅げば、水溜りに入ってはしゃいでいたあの頃を思い出してしまう。
雨の匂いは、田舎だからだろうか。落ち着いて、ほっとする。洗濯物を外に干してあった時以外では、ストレスが消えていくような気がする。包み込んでくるように充満するその匂いが、私を虜にしていた。
「傘、良かったら使いますか?」
近場の高校の制服を着た女の子が、隣から声をかけてきた。手には可愛らしい水色の傘。流石に見ず知らずの子どもに頼るような大人ではないので、咄嗟に首を振る。
「大丈夫だよ、ありがとう」
「そうですか? 私、折りたたみ傘あるので気にしなくて良いですよ」
「あら、そうなの」
すぐさま鞄から短い傘を取り出す女の子。じゃあ、遠慮なく。差し出された傘を受け取って、大粒の雨の中、ばっと開いた。
「大谷江高校の学生さんよね? 傘返しに行きたいから、学年とお名前聞いてもいい?」
「2年の中内桜です! 時間があるときで良いですからね」
それでは私はこれで、と丁寧にお辞儀した女の子は、母親らしき人の元に去っていった。ありがとう。手を振って、買い物袋をしっかりと握り締める。
さて、家に帰らないと。
私の年齢には不相当な傘をさして、帰路につく。名前、忘れないようにしなきゃ。私はぶつぶつと、女の子の名前を口にしながら、私は雨の匂いを踏んづけて家へと帰るのだった。




