心の中に彼女はいる
ほろりと涙が溢れた。それは、昔の恋人を思い出しての涙だった。幸い、子どもにご飯を食べさせている妻には見られていない。
振られて、俺がなんとか諦めて、ようやく新しい人と結婚をした。付き合っていたのはもう、10年も前になる。何故それほどまでに、俺の心の中に彼女はいるのか。
特に何かしたわけではない。童貞卒業が彼女だったわけでもないし、毎日のように遊園地などに行ったわけでもない。休日はお互い、バイトやら部活やらで忙しくて、月に1回、会えるか会えないかだった。
それでも彼女とは2年間続いた。高校卒業したら進路が別れるからと、一方的に振られた。かといって俺もその時は不満に思ってなくて、あぁそうだな。なんて腑に落ちてしまっていた。せめてそこで一言でも止めていれば、何か変わっていたのかもしれないが。
彼女は、良い奴だった。とりたて美人なわけでもないし、俺と同じ高校だから飛び抜けて頭が良いわけでもない。ただ、とにかく良い奴だったのだ。
恋人らしいことはあまりしなかった。時々ハグをして、時々キスをして。小学生のような恋愛だった。だけど常に側にいて、彼女が隣にいるだけで何でもできそうな気がしていた。
惜しかったなぁ。というのは、不謹慎だろうか。彼女と結婚していたら、どんな家庭を築いていたのだろうと、勝手ながら考える。妻にバレてしまったら、殴られてしまそうだ。
それほどまでに、彼女は身近な存在だった。妻のことは愛しているけど、何故か彼女のことだけは忘れられない。いつかどこかで会って、一言だけ交わしたいと思うのだ。そうすれば妻一筋になれるはずだ。
今はずっと、心の中に彼女がいるから。




