人身売買
私が好奇心で買った彼は痩せていて、傷だらけで、小学生のような低身長だけど、私の2歳下だった。
人身売買が許される時代に変わってしまったこの世界で、私は先月、初めて人身売買に関わった。顔はかっこいい方だけど、喉がどうやら壊れているみたいで喋れない。そんな彼の値段は、他の人よりも何倍も安かった。
買っては殴られ、蹴られ、売られ、捨てられ、そしてまた買われ。それらを繰り返されたせいで、彼はおまけに、無愛想になったそうだ。
そんな彼が家出した。家出というのが正しいのか分からないけど、夜ご飯の最中に、いきなり家を飛び出した。私は最初、驚きのあまり呆然としてしまったが、街灯だけが道を照らす暗い街中を、今は走って探している。
空き地やスーパーに行ってみたり、家に戻ってみたりしてみたが、見つかっていない。かれこれ、1時間半が経とうとしていた。
「ほんとにっ……どこにいるの……!?」
しばらく運動してない私にとって、長時間動き回るのは困難で。ふと目に入った公園で、水を飲もうかと中に入る。ただ、何気なく公園の奥のベンチに目を向けてみたら……そこに彼は座っていた。
「見つけた! いきなり飛び出して、探したんだからね!」
彼は大きく肩を跳ね上がらせ、恐々と私のことを見上げる。初めて外に出た子犬のように、その目は怯えていた。
「どうして、いきなり飛び出したりなんかしたの……?」
彼と一緒にご飯を食べたりするのは、今まで一人身だった私にとって楽しいことで、嬉しいことだった。寂しくて、色のない空間に、ようやく色が付いたのだ。
いきなり逃げ出される意味も分からないし、できるならこの先もご飯を一緒に食べたりしていたい。
『きずつくことが怖くなった』
彼はメモ帳とペンを取り出すと、拙い文字で書き、見せてきた。喋れないのに文字を書くこともできない彼。
そんな彼に文字を教えたのは私だ。記憶力は良いけど、書くことにはまだ慣れていないらしい。
ところで、傷付くことが怖くなった、って何だろう。過去がトラウマになっていて、突然思い出してしまったのか。
「私は君を傷付けるようなことはしない。だから怖がらなくて良いよ。一緒に帰って、一緒にご飯を食べよう?」
しゃがんで、落とされた彼の視線と合わせた。柔らかい声色で、おもむろに言葉を綴っる。
だけど彼は泣きそうな目で、ゆっくりと首を振った。そして、ペンを動かす手を、幾度か止めようとしながらも、彼はメモ帳を私に見せた。
『多分、ぼくは、あなたを、好きになったんです』




