ナイフ
胸に刺さったナイフが、あまりにも深く刺さりすぎてて。自分だけの力じゃ抜くことができない。
かといって誰かの手を借りるのは恐ろしくて、自分だけの力でどうにかするしかない。ナイフの柄を思い切り握り締めても、そのナイフは抜けるどころか更に奥へ。
自分がちゃんと人の力を借りれる人間だったら早いんだろうなと、度々思う。だけど選んだ人間によっては、一生抜けなくなる可能性がある。それが怖い。
誰がどんな人なのか。表面だけでは何も分からない。だから信じられない。手伝ってあげるよ、とナイフの柄を握り締めて、思い切り突き刺してきそうで。
そんなこと思ってるから、相手のことが何も分からない。自分のせいなんだって、知ってるんだけど。
このナイフがいつ刺さったのか、覚えていない。気付くと胸が痛くて、見たらナイフが刺さっていた。意図しない涙が溢れてきて、ナイフが刺さった場所からは血液が止まらない。
大人になるって、こういうことなのだろうか。
痛みに我慢しなきゃいけない。我慢に笑わなきゃいけない。笑顔に偽りをバレてはいけない。偽りに偽りと気付いてはいけない。
辛いときでも悲しいときでも、苦しいときでも痛いときでも。笑うことでナイフが胸を抉ってこようとも、笑えと言われる。愛想良くない人は嫌われる。
大人になるにつれて、できないことが増えていく。あの頃のように、楽しいことに素直に喜べなくなっていく。
大人になるって、この道しかないのだろうか。少なくとも、周りの大人はこの道しか教えてくれなかった。
刺さったナイフが抜けることを忘れていく。そしていつか抜けなくなってしまうことに対する恐怖を、見ないふりする。そんな大人になるくらいなら。
――死んでしまえば、
2本目のナイフを手に取った。誰もいない、電気の点いていない部屋で。
なりたい大人を描くことを、ナイフより先に忘れていたんだ。




