01
―――鈍い音がこだまする。太い木の枝を、無理矢理へし折ったような―――
「―――ぐぎゃぁぁ!!!!」
「・・・ふん。まったく、折角の晩餐を下らないものにして欲しくないな。」
足元に転がるように倒れこんだ男の頭を、ブーツで踏みしめながら彼は気だるそうに言い放つ。右の手の甲に、どす黒い十字のアザを持つ彼。
「おや?右腕はもうおしまいかね?なんなら左も―――」
と言いかけて、彼は男の左手に握られた、重く光る、黒い塊に気付く。
「―――ほほう。良いモノを持っているじゃないか。そうだ、いいことを思い付いた。」
口の端を上げて、にやりとした彼は、男が手にした鉄の塊を、その腕ごと、十字のアザのある右手で掴み、隣で惚けたように立ちすくむ、まだ幼い少女のほうに向けさせる。
「―――やめろぉっ!!やめてくれぇっ!!」
哀願するように、悲痛に滲んだ顔を歪める男。それを、さも嬉しそうに見つめる彼。
「―――おと―――さん?」
少し気を持ち直したのか、少女は父親と呼んだ男を、依然としてぼんやりと見つめる。まだ意識がぼやけているのか、何が起こっているのか状況が飲み込めない少女。
「・・・フフッ。いいね、その顔。どうかね?実の娘を、たった今、その凶器で撃ち抜こうとする感覚は。絶望かい?それとも、快楽になるのかね?少なくとも、今私はとても楽しいよ。よかった、今宵の晩餐のメインディッシュが残っていて。」
男は体を捻り、必死に動かそうとするが、押さえ付けられた左手も、あらぬ方向にへし曲がった右腕も、切断されて血の水溜まりを作った両足も、男の思うようにはならない。
「―――か―――逃げ―――逃げろぉぉぉ!!!」
力を振り絞って、娘に最期の言葉―――ただ逃げろとだけ叫ぶ、男。
「―――おとうさ―――」
父と娘の、今生の別れを、更に引き裂くかのように。
「―――そろそろ、いいかね?もう私は空腹に耐えられそうにない。―――じゃあ、これで。」
ゆっくりと、引金に掛けられた指の、神経が動く。銃声はさほど響かない。全てが一瞬の出来事。
「―――がっ―――はぁ―――」
倒れ込む娘を、絶望の表情で追う男。
「―――」
倒れた少女はピクリとも動かない。ほんの数秒か、少女の回りに、紅い鮮血が、絨毯のように広がる。
「―――あぁ。最高だよ。こうでなくてはね。・・・もういいよ、お腹一杯だ。君、割りと楽しかった。それじゃ。」
―――男が、悲痛の叫び声を上げるより先に、彼の右の腕は、男の頭蓋を吹き飛ばしていた。
「―――あぁ。もうこんな時間か。」
彼は呟くと、何事もなかったかのようにきびすを返す。
―――始まりだった。それは、少女の人生の、終わりであり、始まりだったのだ。