表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

ベラドンナの過去

初っ端がベラドンナなのはお気に入りだからです。

純粋な悪者もいいですが、個人的にはやっぱり理由あっての悪者が好きなので。

 魔女村、レリエート。

 ベラドンナはこのレリエートの端にある小さな家で生まれた。姉妹はおらず、家族は母親だけ。近所に家は少なく、ベラドンナの幼少期は必然的には母親と共に過ごすことが多くなった。


「ママ……ママ……」


 ベラドンナが初めて話したのは八つになった頃だった。何故ここまで話すのが遅れたかというと、ベラドンナの母親は一切口を開かず、声を聞かせなかったからだ。

 子どもがよく遊びに行った林で、ベラドンナは同い年の魔女から無口な子と思われながらも貪欲に言葉を覚えていった。


 初めて母親の前で言葉を発したとき、母親は眉間にシワを寄せるだけで、なんの反応も示さなかった。

 ベラドンナは物心ついた頃から母親に無視されていた。まるでそこにいないものかのように扱われ、話しかけてもなんの返事もしない。


「ママ、見て! ママの絵を描いたの!」


 一生懸命描いた絵を丸められて屑カゴへ捨てられてもベラドンナは気にしない。

 そんな状況でも母親に愛されているという自信があったからだ。


 ご飯は毎日一食は用意されているし、服もボロボロだったが数着持たされていたし、なにより、暴力を振るわれることもなかったからだ。

 

『きっとママは恥ずかしがり屋なの』


 無愛想で恥ずかしがり屋なんだと、そう思っていた。



 そんな状況に変化が生じたのは、ベラドンナが十歳になる頃だった。

 

 朝起きると、枕元に魔女の見習い服が用意されていた。少し古いが、帽子も箒もセットだ。

 置いたのは母親に違いない。

 ベラドンナは生まれて初めてのプレゼントに喜びを顕にした。家の中を駆け回るくらい浮かれ上がったのだ。


 バキッ。


 箒を手に舞い上がっていたことが災いし、ベラドンナの持つ箒はどこかにぶつけてしまったのか、半ばからぽっきりと折れてしまっていた。


「あ、ママ……ごめ」


 これを目にした母親はベラドンナが何か言う前に頬を叩いた。

 ベランダの頬にじわりとした熱感が広がり、ヒリヒリとした痛みが残る。

 不思議と涙が溢れた。

 潤んだ目で母親の顔を見るが、涙のせいでぼんやりとして見えなかった。


「ママ……」


 ふと言葉に出た声を聞くと、母親は踵を返し、部屋に閉じこもってしまった。


 ベラドンナは後悔した。

 箒を折ってしまったことではなく、母親を怒らせてしまったことを後悔した。

 しかし、それと同時に少しばかりの安心感が胸に芽生えた。

 久しく触れた母の温もりは、例え平手打ちであっても、ベラドンナに安らぎを与えるものでもあったのだ。

 ベラドンナは既に壊れかけていた。


 しかし、ベラドンナが壊れずにぎりぎりのところで人でいられたのは、ひとえに友人の存在があったからである。

 見習い魔女となり、外出するようになったため、自然と同い年の友人はできた。ベラドンナにとって、友人は母親の次に信頼している人間だった。



 箒を折ってしまった日から数日後、ベラドンナはいつものように無視された。

 変わらない毎日に飽き、いつしかベラドンナは愛を求めて行動を起こすようになった。


 母親の視界に入るように日常生活を送ることから始まり、軽い自傷行為、家出、母親の気を引くためならなんでもやった。

 

 そんなある日のこと、ベラドンナは居間に飾ってあった花瓶を落とし、割った。花瓶に生けてあった花が散り、同時に入っていた水が床を濡らし、水溜まりを作る。

 母親の気を引くためのどうしようもない悪癖である。この花瓶を母親が大切にしていたことは最初からわかっていた。

 そんな花瓶を割った自分を、母親は怒らずにはいられない。言葉を話さない母親ならば、叱るより先に手が出るだろう。

 そうすれば自分は僅かながらも母親の温もりに触れることができる。

 

 ベラドンナの思考は愛を求め、醜く歪んでいた。


 程なくして母親が現れると、母親は割れた花瓶を見て、その後、ベラドンナへと目を移した。


「ママ……。私、ママの大事にしてた花瓶を割っちゃった。私悪い子でしょ? ねえ、悪い子でしょ?」


 狂ったように問いかけるベラドンナに、母親は二度目となる平手打ちをベラドンナの頬めがけて打った。


「キヒ、キャハ。ママ、痛いよぉ」


 笑みを浮かべたベラドンナに、母親は今度は手の甲で反対の頬を打った。


 打たれた衝撃でベラドンナが膝を着くと、床に出来た水溜まりがベラドンナの表情を写し出した。


 ベラドンナはこの時、自分がどんな顔をしていたのかを思い知ることになる。


「ひっ……!」


 水溜まりに写った自分の顔に、ベラドンナは息を呑んだ。

 瞳孔の開いた瞳、血走った眼、三日月のような口、赤く腫れた頬、ダラダラと垂れる涎……。まさに狂った人間そのものだった。


 しばらくの間、ベラドンナと母親の間には沈黙が流れていたが、それは訪ねてきた友人によって破られた。


「ベラちゃん、遊ぼー」


 いつもなら軽い足取りとともに玄関へと向かうベラドンナだが、何故か今回は動けなかった。両頬がじんじんと痛む。

 ベラドンナは呆然としながら、水溜まりに写る自分を見つめていた。


 ベラドンナの代わりなのか、母親が友人の方へ向かった。

 

「おばさん、どうしたの? ベラちゃんはー?」


 玄関から友人の呑気な声が聞こえてくる。

 

「おばさん大丈夫?」


 今度は友人の心配そうな声が聞こえてきた。

 

 ベラドンナは気になってしまい、這うようにして玄関へと向かい、廊下の角から玄関を覗いた。


 そこでベラドンナが目にしたもの。

 それは母親が友人に抱きつき、涙を流している姿だった。


 その光景を目にした瞬間、ベラドンナの頭の中で何かが切り替わったような気がした。何が切り替わったのか、ベラドンナ自身も判断できない。

 ただ、今までに感じたことのない感情がベラドンナの胸中で渦巻いていた。

 それは嫉妬に似た焦り。


 母親を盗られると思ったベラドンナは二人に駆け寄ると、まずは呆けた顔でベラドンナを見つめる友人の心臓を止めた。

 そして友人を助け起こそうとする母親の心臓も止めた。友人に母親の心を渡したくなくて。


 どうやって心臓を止めたのか、ベラドンナは詳しく知らない。ただ出来たのだ。出来てしまったのだ。

 ベラドンナは自分の友人と母親を殺す力として、自身の内に宿る、特殊魔法を解き放ってしまった。




 骸となった二人を残して、ベラドンナは初めて母親の部屋に入った。

 母親の部屋の扉には『入るな』と書かれた紙が貼られてある。ベラドンナが初めて覚えた文字もこれだ。

 主がいなくなった部屋は思いの外、殺風景だった。


 ベッドと机があるだけの寂しい部屋。


 窓の近くという目につく場所に、一枚の絵が貼られてあった。一度グシャグシャに丸めた絵を丁寧に伸ばしたかのような絵。

 それはかつてベラドンナが母親を想って描いた、あの絵だった。


「なんで……?」


 捨てられたはずの絵が、どうして母親の部屋に飾られているのか。ベラドンナにはわからなかった。


 次に目に入ったのは机の上で、開かれたまま置かれていた一冊の本だ。

 手にとって見ると、どうやら母親の日記らしい。


 ベラドンナが産まれた日から付けられていたようで、日付は飛び飛びになっているが、それでもかなり膨大なページに渡って綴られている。


 日記によると、ベラドンナは産まれたばかりの頃、死にかけだったらしく、母親はベラドンナを助けるために借金を背負って、高い薬を買い続けたらしい。

 ベラドンナが助かっても、裕福な暮らしはさせてやれない、と綴られていた。


『あの子にまで借金を負わせるわけにはいかない。でも、今のままじゃどうしようもない。せめて、あの子だけでも幸せに暮らしていければ……』


 日記は母親の愛に溢れていた。


『私の家系に伝わる特殊魔法があの子に……ベラに備われば、あの子の将来は安泰となる。でも、自分が言葉を失う原因となった方法を、あの子に強いるなんて嫌。【幼少期の精神を追い込む】のが伝授の方法なんて……』


 日記を持つベラドンナの手が震えていく。


『あの子の頬を叩いてしまった。ああ、ベラ。ママを許して。手を上げた弱いママを許して。せめて私が特殊魔法を使えてさえいれば……』


 ぽたりぽたりと日記に染みができていく。


『あの子に友達ができたみたい。私の元を離れることが多くなって少し寂しいけど、あの子はとても楽しそうにしてるから、我慢するべきよね。でも特殊魔法の伝授に影響はないのかしら?』


 ベラドンナの口から嗚咽が漏れ出す。


『やっぱり影響があったみたい。でも、あの子達を引き離すことはできない。もうあの子は限界だわ。……もう諦めたほうがいいのかもしれない』


「ウソ……ウソ……」


『あの子の負担が大きすぎる。やっぱり特殊魔法の伝授になんて頼るべきじゃなかった。明日から優しくて接してあげよう。話はできないけど、きっと通じ合えるはず』


 日記はここで終わっていた。


「ウソ……キャハハハハ」


 

 ベラドンナはその日、一日中泣き、そして笑い続けた。


「ウソ……ウソ……」とうわ言のように呟くベラドンナ。

 結局、ベラドンナは母親に愛されているという自信がなかったのだ。

 愛されたい。愛されていると思いたい。そう願っていても、現実は辛く、そしてベラドンナは辛い現実から目を逸らした。


 本当に愛されていたという現実からも。


 某日、レリエートの端にある家が炎に包まれた。

 炎は何かを覆い隠すように激しく燃え盛り、消火にあたった魔女の魔法すらも意味をなさなかったという。

 焼け落ちた家屋の残骸から、二つの焼死体が発見され、丁重に埋葬された。


 当初はこの焼死体がベラドンナとその母親かと思われていたが、レリエート内を歩くベラドンナの目撃情報が出てからは、焼死体の一つは行方不明となっているベラドンナの友人ではないかと推察された。

 ベラドンナは火災に関わっていると考えられ、魔術ギルドを筆頭に捜索が行われたが、見つけることができなかった。


 それから六年後、ベラドンナは並外れた力をつけてレリエートへと戻ってきた。

 友人の母親等がベラドンナを糾弾しようとしたが、赤子の手をひねる様に人を殺す術を身に着けたベラドンナに、逆らえる人間はいなかった。


 こうして、ベラドンナは幹部の一人へと登り詰めた。


 最年少で幹部となった魔女は、最年長の幹部、アレクサンドラにしか手綱を握れなかった。

 アレクサンドラの言うことは聞きつつも、狂気に落ちたベラドンナの行動には一貫性はない。


「キャハハハハ」


 死の臭いを振りまきながら、ベラドンナは壊れたかのように笑うのだった。


 

 

ベラドンナ(享年18歳)

特殊魔法

分類:活性魔法型

内容:身体の筋肉を強制的に弛緩させる。有効範囲は数メートル。心筋、骨格筋、平滑筋、全てピンポイントで発動出来る。


魔女としての実力は並。だが殺害人数はアレクサンドラに続いて多い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ