page.98
***
ウーサーに呼び出されたアーサーが謁見室に入ると、そこに見たことのない人物が立っていた。
窪んだ眼に年と神経質そうな性格を思わせる目元の皺。元は好青年であったのかもしれないが、どこかくたびれている。だが、身にまとっているローブや服は一目で高級とわかる高そうな光沢のある生地である事から一見で貴族だとわかった。
「来たか。アーサー」
佐和とマーリンは王に一礼をし、部屋の隅に下がった。見知らぬ男の横に並んだアーサーは男に向き合い手を差し出した。その手を男もにこやかに握り返す。
「お久しぶりです。殿下」
「久しぶりですね。ボーディガン卿。どのようなご用事で?」
ボーディガン?
つい先ほど話に出たばかりの人物の登場に佐和は内心驚いた。
この人が、傭兵を雇いすぎて追放されたウーサー王の弟……。
互いに握手をする二人を満足げにウーサー王が見守っている。ボーディガンもアーサーもお互い営業スマイルだ。短い握手を終えると、二人そろってウーサーに向きなおった。
「実はな、アーサー。この度、友好のきっかけとしてボーディガンが久しぶりに余の元を訪ねて来てくれたのだ」
「今までは叱責を恐れ、山に籠ってしまっていましたが……最近、王都を傭兵が荒らしているとの噂を耳にし、考えを改めました。私はなんと愚かな事をしてしまったのかと……しかし、悔やんだ所で時は戻りはしません。償う方法もわからず、寛大な兄上ならば私の愚行を許し、導いてくださるかもしれないと……それで今回、王都まで来た次第です」
「当たり前だ。ボーディガン。この世に残った唯一の兄弟だ。歓迎の宴を催そう」
「感謝いたします。陛下」
「……それで、私に御用というのは何でしょうか?」
腕を組んでいたアーサーがウーサーに伺う声色はいたって普段通りだが、佐和の耳にはどこか硬いように聞こえた。いつも父親であるウーサーの前に出る時はアーサーは王子としての声になる。けれど、今の声はそれだけでなく、どこか緊張を含んでいるようにも聞こえた。
「うむ。アーサー。ボーディガンが王都滞在中、快適に過ごせるように計らえ。それから、お前も宴に出よ」
「承知いたしました。すぐに部屋を手配させます」
アーサーがこちらに目配せを送ってきたのを確認し、佐和はそっと謁見室にマーリンとアーサーを残して部屋から出た。
王宮にはこういった事を取り仕切っている家令という役職の人物がいる。その人にそういった事を伝言して部屋を用意してもらったり、手配してもらうのは佐和の役目だ。
部屋から出る前に一度だけこっそりとボーディガン卿の顔を盗み見る。神経質そうなその表情の窪んだ眼がやけに印象に残った。