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「へえ、じゃあ。捕まえたのは良かったですけど、結局レオン卿の事件の犯人はまだ捕まってないんですね」
下町の巡回が強化されてからもまだレオン卿を襲った傭兵は捕まっていなかった。最初の傭兵逮捕から数日が経過しており、アーサーとマーリンは城下町や近隣の村まで巡回し、その度と言っていいほど衛兵崩れを捕まえてきたが、その中にレオン卿を襲った傭兵はいなかったらしい。
帰って来たマーリン達を出迎えた佐和は、アーサーの鎧を脱がすのを手伝いながら、今まで起きた出来事の顛末を聞いていた。
「ああ、別にいるようだな。どうやら森に動物がいなかったのも傭兵達が食糧確保目的で勝手に狩猟場に入り込んで狩っていたようだ」
「そんなに傭兵っていっぱいいるものなんですか?」
いくらなんでも捕まりすぎだ。サワが知っているだけでも、もう四組目になる。
佐和の国の人口と比べれば、この国の戦士数は取るに足らない人数ではあるが、キャメロットには多くの兵士が駐在している。わざわざ人を雇う必要があるのだろうか?
「……そうか。お前は確か異国の出身だったな」
鎧を外している間、雑談に付き合ってくれることにしたらしいアーサーは、背後の佐和にちらりと視線をよこすと淡々と説明を始めた。
「この国の歴史に関してどれだけ知っているか知らないが、父上が即位される前のこの国の状態を知っているか?」
「えっと大陸に支配されていたのがなくなって、国が割れちゃって、ウーサー王のお兄さんが一回王様になったんでしたっけ」
ケイが話してくれた話を懸命に思い出す。確かこんな感じだったはずだ。
「そうだ。元々この大陸は諸侯が分かれて統治していた。その争いに一度終止符を打ったのが父上の兄上……俺の伯父に当たるアレリウス様だ。だが、その直後、アレリウス様は亡くなってしまい、諸侯は再び割れた。そのタイミングで海の向こうから異民族が攻めてきてな。始めは個々に闘っていたが、いかんせん相手の数が多く、海岸線の多くは土地を奪われてしまった。致し方なく、連合を組み、異民族に対して統一戦線を組むことになった。その時、代表を務めたのが父上の弟のボーディガン卿だ」
ケイから聞いた話の復習だ。ということはその人もアーサーの叔父さんに当たるのか。
鎧を外し終わった佐和は、アーサーの籠手を丁寧に外していく。その間もアーサーは説明を続けた。
「ボーディガン卿は数の不利を嘆いて、大量の傭兵を雇い入れた。今まで騎士だけで行っていた戦いを広げたんだ。ちなみに今もキャメロットには騎士と兵士がいるだろう?それはその名残だ。城に残っている兵士はその時の功績を認められたものなどが多い。でだ、話を戻すとその結果、争いには勝ったが、いくつかの問題が残った」
城にはウーサーとアーサーそれぞれに仕える騎士と一般の兵士、二種類の武人がいる。
前者の仕事は主に自分の領地の統括と、主人によって命じられた役割に徹することだ。戦になれば指揮を取る立場でもある。
一方の兵士はいわゆる雑兵というやつで、門番や見張り番などはこの階級に当たるらしい。ということは城で働き始めてから何となく空気で察していた。あからさまに兵士の方が身分の低い身なりをしている。
「問題ですか?」
剣を片付けようとしていたマーリンが初めて口を開いた。どうやらここからはマーリンも知らない話らしい。
「そうだ。大量に傭兵を雇ったは良いものの、十分な報酬が用意できず、傭兵たちが反乱を起こし、街を荒らし始めた。困り果てた諸侯が最後に頼ったのが父上だ。父上は諸侯を率いて反乱を鎮め、ボーディガン卿に責任を問いた。その一連の功績を認められ、玉座には父上が着くことになったという事の次第だ」
「じゃあ、今、たくさん出没してる傭兵って、その時の残りってことですか?」
「その通りだ。この前の争いにも奴らは参戦していたが、武勲を立てた者はほぼいない。国へ帰る経費の見込みが立たず、盗難を繰り返しているのだろう。つまりは我が家系が起こした不始末とも言える。だから今回、傭兵から民を守ることはいつも以上の責務を伴う」
なるほど。佐和は納得しながら作業を完了させ、外した鎧をまとめた。
「異民族相手に闘ったって事は、手に入れられる利益にも限りがありますもんね。ボーディガン卿はそこまでは考えてなかったって事ですか?」
何気ない一言だったが、鎧をまとめて振り返ると、アーサーもマーリンもぎょっとした顔で佐和の顔を注視している。端正な二つの顔に見つめられて、柄にもなく佐和の心臓が飛び上がった。
「な、なんか変な事言いました?」
「いや……その通りだ」
通常の戦争なら相手の土地や政権を奪える。そこで利益を生み出す事ができるが、侵略者を撃退しても得る物は少ない。その事を指摘した佐和の意見に目を剥いたアーサーは咳払いをすると、佐和を見返した。
「その通りだが……お前、本当に市井の人間か?本当は他国の要人とかではないよな?」
「何言ってるんですかー。そんなわけないじゃないですかー」
笑える仮説だ。こんな平凡女のどこをどう取ったらそう見えるのか。
「時々、一般の民では普通思いもよらないような高度な考えがお前から出てくることに正直、驚かされるのだが……」
アーサーの意見に珍しくマーリンも頷いている。妙に褒められて佐和は居心地悪くたじろいだ。
「いや……私の国は教育水準がかなり高いので。それでだと思いますよ」
佐和にとってここは過去にも等しい世界だ。いくつもの戦争の歴史を佐和は学んできている。その知識をもとにすればなんてことない結論だと思う。
「すごいな……貴族でない女性も高度な教育を受けられるのか」
「まあ、私の国はそもそも男女共に中学……15才まで教育は義務で、その後も学校に通う人がほとんどなので……」
「すごいな。必要経費はどうなっているんだ?」
どうやらアーサーの興味のツボを刺激してしまったらしい。本格的に腰を据えて佐和のお国事情を聞きだそうとしている。
まずい。これ以上はボロが出るかもしれない。そもそもこんなに佐和の世界の事をアーサーに話して良かったのだろうか。
もし杖が始めの時に言っていたようにここが過去の世界であるなら、佐和は未来の事を教えてしまっていることになる。それは良くないことのように思えた。
「えっと……」
どうやってごまかそう……。
その時、ちょうど扉が控えめにノックされた。
「入れ」
「失礼いたします。殿下。国王陛下がお呼びです」
「わかった。すぐに向かう。行くぞ」
呼びに来た兵士の後に続いてアーサーが部屋を出て行く。その後ろに並んだマーリンの背中の影に隠れて佐和はほっと溜息をついた。
よかった。タイミングよくごまかせて。
少し考えなしだったかもしれない。
あくまで自分は部外者なのだ。この世界への影響は最小限にしなければいけないのかもしれなかった。