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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第四章 暗雲をもたらす王弟
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  ***



 普段は活気づいている市場が今日はなんだか人通りが少なく感じた。曇り始めた天気のせいか辺りには陰鬱な雰囲気が重苦しく付きまとい、息苦しさを増している。


「特に異変はなさそうだな」


 前を歩くアーサーはこともなげにそう言うと軽い足取りで道を突き進んでいく。

 本気で言ってるのか?

 マーリンはそっと深呼吸し、胸を抑え込んだ。

 アーサーが単なる鈍感ならいい。この空気がもし『自分』にしか感じ取れないものだったらやっかいだ。前回はばれずに済んだが、今回も幸運に恵まれるとは限らないのだから、魔法とは極力関わらないようにしないといけない。


「おい、マーリン。お前どうなんだ?」


 この息苦しさについて聞かれているのかと思ったマーリンは内心ドキリとした。この感覚を素直に伝えれば魔法が使えるとみなされて殺されてしまうかもしれない。

 前回、バリンを切ることをアーサーが躊躇(とまど)ったのは単にバリンが魔術師ではなく、魔術師に利用された一般市民だったからだ。

 もし、魔術師本人が相手であれば、アーサーはその剣を振り下ろしていただろう。


「何がですか?」


 はぐらかそうとしたマーリンの顔を見たアーサーが厭らしい笑顔を浮かべた。


「何って……サワだよ。サ・ワ。実際、お前らどこまでいっているんだ?」

「なんだそんなことか」

「なんだとはなんだ!」


 予想していた質問とは違い、安心したせいで本音が口をついてしまう。アーサーは気にしないことにしたのか、怒りを鎮めるとマーリンの脇を肘で小突いた。


「別に止めはしないが、あれは相当面倒くさい女だぞ。それから、女にかまけて仕事を疎かにしたり、俺の前でいちゃついたりはするなよ」

「いちゃつくも何も……俺とサワはそういう関係じゃ」

「そうかー?」


 なんだか面倒くさい絡み方だ。にやけた笑顔で変わらず脇腹をつついてくる。


「なら俺が狙っても文句はないな?」


 アーサーの確認にマーリンは言葉を失った。

 あまりにも唐突なその言葉に思考が追いつかない。どういう意味でそんな事を言っているのか全く理解できなかった。

 アーサーが?サワを?

 混乱するマーリンの前で、不敵に笑っていたアーサーは突然ぷっと吹き出すと口を押えて笑い出した。


「冗談だ。冗談。そこまで、顔を青くするか?お前、女の趣味変わってるな」


 自分の顔は青かったのだろうか。ただ、アーサーとサワが二人、仲睦まじく並ぶ姿を想像した一瞬だけ、呼吸が苦しくなったような気がした。

 これも今日の空気のせいなのかな……。


「変わってる……?」

「あんな隙のない女、男の立場が無いだろうが、恥じらいも無いし」


 アーサーはそう言うが、マーリンの脳裏にはバリンのお墓の前でブレスレットを渡した時のサワの顔が浮かんでいた。夕日のせいだけじゃなく赤く染まった頬は充分女性らしかったと思う。


「そんなことは……」


 ない。と言おうとしたところで前方の路地から人が投げ飛ばされてきた。突然の出来事に動きを止めることなく、すぐにアーサーが通路に駆けこんで行く。


「何があった!?」


 そこにいた厳つい体つきの男達がアーサーの声に振り返った。全員がぼろぼろの鎧に身を包んでいる。足元には苦しそうにうずくまる商人風情の男性が丸まっていた。


「ああ?なんだ?」


 一番手前にいたスキンヘッドの男がアーサーに近寄ると至近距離からガンを飛ばした。その眼力に全く怯まずアーサーは冷たい目で男を見返している。


「ここで何をしている」

「関係ねえだろ」


 勇む男の後ろに他にも五人。恰好からしてどうやら問題の傭兵のようだ。全員が生意気な態度のアーサーを睨みつけている。

 マーリンは溜息をついて、アーサーから一歩離れた。巻き込まれてはたまらない。


「あるな。そこに倒れている者は俺の民だ」


 アーサーの不遜な物言いに男たちが噴出した。全員が品のない笑い方でアーサーを嘲笑っている。


「すげえな。おい。何様だよ」


 スキンヘッドの男が笑いながら殴り掛かってきた拳をアーサーは軽く受け流すと、その腕をねじり挙げた。


「王子様だ」

「自分で言った……」

「おい!マーリン!聞こえているからな!!」


 男を捻り上げたままアーサーが怒鳴り散らすのをマーリンは聞き流した。スキンヘッドの男はアーサーよりも体格が良いが、びくともしないのか唸りながら身体をよじっている。他の仲間たちはその光景に唖然としてしまい、身動きが取れずにいるようだった。

 アーサーがひねり上げた男の肩を掴むとおむもろに力を込めた。異様な音がしたかと思うとスキンヘッドの男が肩を押さえて呻きだす。


「後で嵌めてやる」


 肩を外されたのか……。

 だが、可哀そうだと思ってやる義理はない。

 マーリンは地面に臥せっていた商人の横に膝をついて肩を貸した。


「大丈夫ですか?」

「ああ……助かりました」

「かかってこい」


 その間にアーサーは唖然としていた男たちを相手に肩を鳴らしている。この程度の実力のチンピラに負けるようなアーサーではない。なんだか楽しそうに男たちをちぎっては投げているアーサーを放っておいてマーリンは商人を助け起こし、乱闘から距離を取った。


「何があったんですか?」

「それが突然、襲い掛かってきて。金目の物を出せ、と」

「盗られたのはこれか?」


 あっという間に片を付けたアーサーが商人に小さな巾着袋を差し出した。それを受け取った商人は嬉しそうにアーサーを見上げた。


「ありがとうございます!殿下!」

「気をつけろ。さて」


 ごろつきは地面にめいめい転がって意識を失ったり、唸ったりしているが、最初に絡んできたスキンヘッドにアーサーは近寄ると、肩をはめ直し、男に剣を突きつけた。


「答えろ。今朝、騎士を襲った傭兵崩れというのはお前らの事か?」

「はあ?なんだよ、それ?」


 もう一度胸に突きつけられた剣の切っ先に縮み上がった男は慌てて弁解を始めた。


「知らねえよ!俺たちはついさっきキャメロットに来たばっかりだ!!しょうがねえだろ!!国に帰ろうにも金がねえんだから!」


 男の抗議にアーサーが片眉を挙げた。男の言葉が真実だとすれば、騎士を襲った傭兵はまた別にいるということだ。この男たちがさっきの件と同一犯だったならもう片がついたのにという落胆は否めない。


「マーリン、城門の兵士を呼んで来い。こいつらを牢へ連れて行く」


 アーサーの命令でマーリンは引き返して、城門の詰所を目指して駆け出した。




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