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「でも、運が良かったね」
アーサーの私室に帰って来た佐和たちは特にする事もなくだらだらと雑談をしていた。
「何が?」
「朝、アーサーとマーリンが狩に出かけた時に傭兵が出なくて」
「……それもそうだな」
「運がいいのは傭兵の方かもしれないけど」
「そうだな」
もしアーサーとマーリンを襲っていれば傭兵などひとたまりもなかっただろう。未来の国王とその創世の魔術師だ。勝てるわけがない。
佐和の言い方がおかしかったのかマーリンの口の端が少し上がった。
無表情に見えてマーリンは意外と素直に反応する事が多い。ただその反応は小さく、見逃しがちなだけだと佐和は思う。
未だマーリンとアーサーが完全に仲良くなれたというわけではない。それでも今までアーサーの何もかもを否定していたマーリンも着実に変わりつつある。この笑顔はその証だ。
次はアーサーの方が何とかなんないといけない番だよなー。
そこまで物思いにふけっていた佐和は、ふと浮かんだ疑問をマーリンにぶつけてみることにした。
「ん?マーリン。聞いてもいい?傭兵って戦争の助っ人……みたいなものだよね?なんでその人たちが騎士を襲うの?」
「今は大きな戦争が無いから」
「どういうこと?」
少し悩んだマーリンは言葉をまとめているらしく、途切れ途切れながらも説明してくれた。
「戦争の時に傭兵というのは雇われる。それはサワの言う通りだ。逆に戦争が終われば奴らは収入を得ることができない。そこで武力を使って強盗まがいの事をして生計を立てるらしい」
「へー。じゃあ今回もそうなんだ?」
確かに騎士って基本貴族だから皆お金持ちだもんね。襲うのにこれ以上ない相手だ。
納得しかけた佐和にマーリンは待ったをかけるように言葉を濁した。
「いや……騎士を襲うのは費用対効果が悪すぎる。わざわざ手こずる騎士から物を取るより、市民の商隊なんかを襲う方が一般的なのに……」
「それもそっか」
マーリンの洞察力に唸っていた佐和はふと今まで気になっていたことをついでに全て聞いてしまおうと、マーリンに向きなおった。
「マーリンっていろんな事、詳しいよね?保護施設で教わってないこともよく知ってるし」
カーマ―ゼンの片田舎の孤児院で育ったとは思えないほど、マーリンは知恵も知識も備えている。良く考えてみれば不思議な話だった。
「そうか?いや……そうだな……。全部、先生に教わったんだ」
マーリンの育ての親であり、ミルディンの育ての親でもある孤児院の院長先生の事をなんのてらいもなく話したマーリンに佐和は面を食らってしまった。その様子に気付いたマーリンが不思議そうに小首を傾げている。
「どうした?」
「え、ああ。うん……マーリン。もう、大丈夫なの?」
先生の事を話して。とはっきりは言えず、言葉を濁していたが、マーリンは小さく頷いた。
「まだ……完全に立ち直ったわけじゃ、ないけど。でもミルディンの話を聞いて、先生が俺を守ってくれたなら……俺は、きっと頑張らなきゃいけないって思えて……ごめん、うまく言葉に……なってない。都合……いい考え……かな」
「……そんなことないよ。ポジティブなのは悪いことじゃないし」
マーリンの心の傷はきっと確実に少しずつ癒されている。今はまだ完全にふさぎ切らない傷もいつかは癒えるだろう。
それが……未来の幕開けと同時であったら嬉しいな。
それに、ポジティブなのは良いことなどと言っておきながら、それが最も欠けているのは佐和の方だ。
私は心配性だからなー。絶対そんな風には考えられないや。
やっぱり、マーリンはすごい。
「先生に教わったって、孤児院ってそんな事までしてくれるんだ?」
「いや……ミルディンやブリーセンに教えてる所は見たことがない……言われてみれば不思議だ」
遠慮なく話せることが嬉しい。
「そういえばマーリンって馬にも乗れるよね?」
「それも先生に教わった……けど、それがどうかした?」
「どうって言う程のものじゃないんだけど、アーサーもケイも驚いてたよ。普通、農民は馬に乗る機会なんてないから乗馬はできないって」
その時ちょうど扉が開き、アーサーが部屋に帰って来た。その顔はこんな事件が起きたというのに気負いもなく冷静だ。
「お疲れ様です」
「陛下への報告で巡回を増やす事が決定した。とりあえず街の様子を視察しに行く。準備しろ」
マーリンが鎧と剣を取ってきて、2人で素早くアーサーに着付けて行く。
現代の化学兵器の叡智を見慣れている佐和からすれば心許ないチェインメイルにサーコートと呼ばれるコートを着せ、籠手を付ける。
といっても無いよりはマシだ。よくこんな重い物を身に着けて素早く動ける物だと感心せざるをえない。
最後にマーリンが手渡した剣をアーサーは腰に指した。
「マーリンは俺について来い」
「わかりました」
「サワはその間自分の仕事に励め」
「はい」
今回は魔法は関係ないようだし、単なるチンピラにマーリンとアーサーが負けるとは思えない。佐和は軽い気持ちで二人を見送った。