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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第四章 暗雲をもたらす王弟
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page.92

       ***



 午前中特有の穏やかな日差しがステンドグラスから差し込む。

 その光は協会の祭壇に突き刺さる一振りの剣に集まり、その刀身の輝きを淡く照らしていた。

 静謐(せいひつ)なその空間で()の剣は待っている。

 王にふさわしき器を持つ者が自分を引き抜く、その時を。



       ***



 背後の扉がゆっくりと開く音に、佐和はテーブルを拭いていた手を止めて振り返った。案の定、朝露に髪を少しだけ濡らしたアーサーと、無表情ではあるもののどこか疲れた様子のマーリンが部屋に入ってくる所だった。


「お帰りなさい。どうでした?」

「駄目だな」


 アーサーは手に持っていたボウガンを乱暴に机の上に投げ出した。続いて入って来たマーリンはボウガンの矢をたくさん背負わされているが、行きと全く本数が変わっていないせいでじゃらじゃらと五月蠅く音が鳴っている。


「珍しいですね。殿下が何の獲物も無しに狩から帰ってくるなんて」

「お前にとっては喜ばしいことだろうがな」


 アーサーの趣味は狩だ。

 趣味と言っても食用も兼ねるので実用性もあるが、時々、公務が遅い時間から始まる時にはこうして早朝にマーリンと佐和を叩き起こして支度をさせ、マーリンを連れて森へ出かけていく。

 初めてアーサーが狩から帰って来た時、目の前に投げ出されたシカの生首を見て、早朝の王宮で悲鳴を上げて、兵士を叩き起こした大失態を犯した事を未だにアーサーは根に持っているらしく、たびたび佐和をこの事で詰っていた。


「もうさすがに慣れましたよ……」


 まさか私の人生において生首に慣れる日が来ようとは……。

 アーサーの狩猟の腕は確かなようで必ず何かしら仕留めてくる。さすがに慣れ始めていた。


「なら、今度の獲物はうさぎだな」

「ちょ……やめてください!!」


 シカやイノシシ、ぎりぎり狐までならなんとか大丈夫だが、元々可愛らしかった生き物の生首はさすがにまだ慣れない。わかっていて言っているのが腹立たしい。


「殿下」

「冗談だ。どうせ、うさぎを取ろうとするとお前が邪魔するくせに、マーリン」


 諌める口調のマーリンが顔をしかめた。初耳の情報に佐和が目を丸くしていると、アーサーが厭らしい笑顔で佐和を見つめた。


「こいつ、お前が嫌がりそうな獲物を俺が狙うとわざと物音を立てて逃がすんだ」

「殿下!」


 なぜかアーサーの発言をマーリンは遮ろうとするが、佐和はお構いなくマーリンをじっと見上げた。

 ああ、ほんと、なんていい人なんだろう。マーリンって……!

 佐和に不快な思いをさせないようにそんなところにまで気を使ってくれるなんて。


「どっかの誰かさんとは大違い……」

「おい!聞こえているからな!!」


 「たく……」とぼやいたアーサーが衝立の向こうに消える。そこには二人が狩に出かけている間に佐和が用意しておいた新しい服が置いてある。衝立の向こうでアーサーが着替え始めたのを確認した佐和は衝立の上に次々かけられる着終わった洋服をかごに詰めた。

 これを洗うのは佐和の仕事だ。一方のマーリンはボウガンを背負うと扉から出て行く。武器庫にボウガンと矢をしまいにいくのだろう。


「おい、サワ。これも洗っとけ」

「はーい」


 押し付けられたズボンをどさっと籠に放り込む。黒いズボンの裾は泥だらけで、これを洗うのは骨が折れそうだ。


「……やっぱりお前は女としてどうなんだ?その反応は?」

「何がですかー?」


 新しい服に着替えたアーサーはさっぱりとした表情で衝立から出てきた。


「おい、そのズボンは誰のだ?」

「?アーサー殿下のです」


 何を当たり前の事を言っているのだろう。


「俺の地位はなんだ?」

「王子です」

「……その俺のズボンだぞ」

「そうですね?」

「違うだろ!!おい!普通、女ならそんなものを押し付けられたら照れるか恥じらうだろうが!!」

「照れると恥じるってほぼ同じじゃありません?」

「そこじゃない!!」


 わめくアーサーに佐和はあきれ返った。

 確かにアーサーの言うことは一理あるのかもしれない。アーサーの顔がかっこいい事は疑いようのない事実だし、社会的地位も申し分ない。色めき立つ女性は多いだろう。

 だが、佐和には単なるわがままぼっちゃんにしか見えないし、仕事にそんな私情は挟まない。洗濯物は洗濯物だ。


「ズボンはズボンですよ」

「お前な……」


 佐和に乙女的反応を求めることを諦めたアーサーは「もういい」と言うと席に着いた。用意しておいた食事に手を付け始める。

 その横で佐和はズボンをつまみ上げた。やっぱり単にズボンはズボンだ。それどころか泥だらけというオプションまでついている。


「まったく……ストレス発散で狩に行ったというのに、獲物はいないわ。侍女はふてぶてしいわ。散々な朝だな」

「獲物、いなかったんですか?」


 後者は無視して、佐和は会話に相槌を打った。後半のセリフに過剰反応するのはアーサーの思うつぼだ。


「ああ、おかしなことだ。何か不吉な物の予見でなければいいが」


 そう言ったアーサーは手を合わせると、食事を始めた。そのタイミングでマーリンが部屋に戻ってくる。

 佐和はマーリンにアーサーの食事の給仕を任せ、一礼して洗濯場へと向かった。

 動物がいない……か。

 アーサーの言った通り、何か不吉の前触れでなければいいけど。




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