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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 王の素質
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       ***



 アーサーが向かったのはキャメロットの城下町に一度降りてから、城の背後に回った所にある荒れた土地だった。

 そこかしこに小さな土が盛られているが、他には何もない。アーサーは佐和達に背を向けたまま、その場で足を止めた。


 「ここって……」

 「身元不明者や犯罪者が葬られる場所だ」


 答えたアーサーは足元の二つの土の盛られている場所に視線を落とした。その盛り返された土が新しい。

 バリンとバランが埋められているのだと、佐和は感づいた。

 遠くまで荒れた土地は続いている。ぼこぼこの大地がどれだけ多くの人間がここに埋葬されているのかを物語っていた。

 そして、その数はウーサーの暴君の証に他ならない。

 ここに少なくはない無実の人間が埋められている。


 「……俺は王子失格だ」

 「そんなことは」

 「ある。俺は―――――民を見捨てた」


 言い淀んだマーリンとは違って、アーサーの声には芯が通っていた。


 「あの時、父上がバリンを切れと言った時、俺は迷った」

 「だから、お前が王子失格だっていうのか。それは違うだろ。お前は正しいことをしようとしたんだ」

 「ああ、そうだ。俺は正しかった。でも俺は、その心の声を抑え込んで……無実の民を殺そうとしたんだ」


 意外な結論にマーリンが息を飲んだ。


 「俺は……王子としての素質に……欠けている。生まれの事情からすれば俺は王になるべき男ではない。それを認めたくなくて、父上や母上に認められたくて、ずっと事の正誤ではなく、父上たちの意向に沿うべく振る舞ってきた。それが王子として正しいあり方なのだと……そう、思っていた。けれど、違った。」


 アーサーが振り返った。背後から夕陽が明るい金髪を照らす。その顔は穏やかで真っ直ぐだった。


 「王無くして民が在りえないのではない。民無くして王は在りえないんだ。それを俺はずっと―――忘れていた」


 アーサーは二つの盛り土に跪くと真っ直ぐにその下に眠るであろう二人の兄弟を見つめた。


 「俺は―――生まれではなく、行いで王足り得たい。その行いで民を裏切ることは、俺が王ではない証に他ならない。自分の従者一人助けられず、何が王だ。情けない。俺は――――これから先、王子として正しくあり続けたい。だから……」


 そこまで言ったアーサーはマーリンと佐和を見て何かを言い淀んだ。もごもごと小さく何か呟いている。


 「何ですか?」

 「うるさい!聞き取れ!察しろ!!俺は戻る!」


 淡々と聞いたマーリンに怒鳴ると、アーサーは鼻を鳴らしてその場からいなくなってしまった。


 「……え?何?今の、結局何だったの?」


 佐和の疑問を聞いたマーリンの表情がふっと和らぐ。

 それを見た佐和は益々意味が分からなくなり、マーリンの袖を掴んだ。


 「ちょっと……!何でマーリンだけわかってるの!?アーサー、なんて言ったの!?」

 「……何かあれば言え。だってさ」

 「……出会った時からすると信じられない言葉だね」

 「ああ」


 そもそも王族が一介の従者の言葉に耳を貸すなど、この世界ではありえないことだ。

 それすら乗り越えてなりふり構わず、王であろうとするアーサーはなんて清廉なのだろう。


 「……サワ。渡したいものがある」

 「え?なあに?」


 突然の話題の転換に驚く佐和とは対照的に、落ち着いているマーリンはポケットから何かを取り出すと、それを佐和の手のひらに乗せた。


 「何これ?あ……これって」


 手のひらに載せられたのはアーサーがイグレーヌへの贈り物を買いに下街へ行った時、佐和が雑貨屋で見ていた花の形のブレスレットだった。


 「これがどうしたの?何か魔法に関係あるの?……なんでそんな不満そうな顔なの?」


 なぜかみるみるマーリンの機嫌が悪くなる。

 ふてくされたマーリンはそっぽを向くと小さく付け足した。


 「……あげる」

 「え?」


 ふてくされたマーリンの横顔をじっと見てから、自分の手のひらのブレスレットを交互に見比べて、ようやく意味がわかった瞬間、一気に嬉しい気持ちがこみ上げてきた。


 「あ、ありがとう!!買ってくれたの!?」


 まさかのサプライズに佐和が驚いて、わー、わーとはしゃいでいる様子に、マーリンは機嫌を取り戻すと、微笑んだ。


 「……ただ買った、だけじゃない。少し魔法をかけた」

 「?魔法?」


 ブレスレットを掲げてみていた佐和は、その時、夕日に照らされたピンクのガラス玉に小さな文字が刻まれていることに気付いた。


 「ケイの……奴隷事件の時、居場所がもっと早くわかっていれば、サワをあんな怖い目に合わせずに済んだ。このブレスレットをしていれば、どこにいるかわかる。だから……これからも着けていて……ほしい」


 マーリンの説明を聞き終わった佐和は浮かれた気分のまま、手にしていたブレスレットを胸元に引き寄せた。


 「ありがとう、マーリン。つけてみてもいい?」


 マーリンが頷いたのを確認して、佐和は左手にブレスレットを通した。

 可愛らしいデザインに心が躍る。似合わないかもしれないけれど、それ以上にマーリンの心遣いが嬉しかった。


 「……ありがとう!すっごく嬉しいよ。あんまし、似合わないかもしれないけど」

 「そんなことない。似合ってる」


 真っ直ぐ優しいとび色の瞳にそう言われると、なんだか照れくさい。

 でも、マーリンがお世辞や嘘が得意じゃないことはもうわかっているから、心からの言葉だと思うと、本当に嬉しかった。


 「……これからも、大変な事があるかも、しれないけれど。傍にいて……くれるか?」


 真剣なマーリンの言葉の真意に佐和は嬉しくなった。


 「……マーリン。決めたんだね」

 「……ああ。アーサーを、王にする……見守っていて、くれるか?」

 「……当たり前だよ」


 それしか、私にはできないけれど。

 佐和はブレスレットを手で包み込みながら笑った。

 その笑顔を見たマーリンもほっとしたように笑った。


 「なんでほっとしてるの?」

 「断られるかと」


 その様子がおかしくて佐和は笑ってしまう。


 「断るわけないじゃん。すっごく嬉しいよ。そういえば、誕生日意外で家族以外の人から何かもらうなんて初めてかも」


 お土産とかは別にして、贈り物なんて本当に親しい人達以外からもらうのは初めてだ。

 これが嬉しくないわけがない。


 「……そうなのか?」

 「うん。なんで?」

 「いや……他の男とかからもらった事があるかと」

 「ええー。何言ってるのマーリン。そんな事あるわけないじゃん」


 海音ならまだしも、佐和が異性から何か贈り物をされるなんてことありえない。

 そういえばこれ、家族以外の異性からもらう初めてのプレゼントかも……。

 その考えに至ると、少しだけこの状況が恥ずかしくなった。

 い、いや。マーリンは純粋に安全面からくれただけだし。べつにそれが私が欲しがったブレスレットだったのはいつも身に着けられる物だったからだろうし。

 深い意味はないんだから、照れるのは違うよね。思い上がりすぎというか。


 「……嘘だろ?」

 「嘘ついてどうすんのー?」


 生まれてこのかた、彼氏なんかできたことがない佐和にとっては悲しきかな、それが事実だ。

 男友達はいるし、鈍い方ではないけれど、実際の男女交際スキルはゼロに等しい。

 自分の気恥ずかしさをごまかすように、佐和はマーリンの肩をばしっと叩いた。叩かれたマーリンはぼーと佐和の顔を見つめていたが、ふっと微笑んだ。


 「そっか。そうなのか」


 なぜかとても嬉しそうにマーリンは佐和を見て笑った。



第三章完結です。明日から第四章開始します。

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