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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 王の素質
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       ***



 「父上!ご無事ですか!?」


 謁見室の扉を力任せに開け放った部屋の中で、その大きな音にウーサーが顔をしかめている。

 傍には数人の兵士と、ちょうど判決を言い渡されるところだったのだろう。床に座り込んだバランがいるだけだ。

 バリンよりも先に着けたことにひとまずアーサーは胸を撫で下ろした。


 「なんの騒ぎだ。アーサー。今は判決の最中だ」


 アーサーが止めに来たと思ったのかもしれない。みるみるウーサーの機嫌が悪くなっていく。

 アーサーは急いで外の見張りに、決して誰も通さないように言いつけて扉を閉めてからウーサーの前で姿勢を正した。


 「国王陛下。判決の最中に申し訳ございません。反逆者が城に侵入しました」

 「何だと?見張りは何をしている!広場には処刑の準備を行っている兵士もいたはずではないか!」


 ウーサーの怒鳴り声にバランが小さい悲鳴を上げて縮み上がった。

 それを横目にしながらアーサーは端的に現状を報告した。


 「広場にいた兵士は皆、やられました。私は私室からその様子を偶々目撃し、父上の元に急ぎ、馳せ参じた次第です」

 「兵に命は」

 「私の名で兵士を増強いたしました。こちらまでたどり着くのは困難かと思いますが……」

 「だが、なんだ?」


 父上に……言うべきだろうか……。

 本来なら、バリンがこの警備をかいくぐってここまでやってくることなどありえない。

 だが、広場で見たバリンの剣技はアーサーが今までに見たこともない物だった。剣を振るう事も無く人を切る技など常人にはできない。

 できるとするならば、それは―――――魔法に違いない。

 しかし、見たままを報告すれば、ウーサーは必ず怒り狂う。そうなれば、被害を被るのは……。

 アーサーは横で怯えきっているバランの様子をじっと見つめた。

 侵入者がバリンだとは知らないバランは震えあがったままだ。

 もし、バリンが魔法を使って城に乗り込んできたと知ったら、割を食うのはこの幼い、何の罪もない子どもだ。


 「なんだと言うのだ。アーサー」


 バランの涙でぐちゃぐちゃになった顔を見た途端、言葉が出なくなった。

 ただでさえ、この無実の子どもを助けることのできない自分が、この上この子を追い詰めるような事はしたくない。

 だが、言わなければ、自分はまた父上の期待を裏切ることになる。


 「早く言え。アーサー」

 「俺の口から言ってあげますよ。陛下」


 場違いな声に、アーサーはすぐに腰から剣を抜き、振り返った。

 閉めていたはずの扉が開け放たれ、そこから歩いてくるのは――――バリンだ。その手には窓から見た時と同じ、華奢な体つきには似合わない大ぶりの剣を持っている。


 「貴様は確か……」

 「兄ちゃん!!」


 バリンの登場にバランの声が弾む。

 そのままバリンの傍に駆け寄って行こうとしたバランを横にいた兵士が押さえつけた。


 「この者の兄か。貴様は確か城から追放したはずだが?」

 「……弟を置いてどこかに行けるわけないだろ!」

 「狼藉者を捕えよ!!」


 叫んだバリンがウーサーに向かってがむしゃらに剣を振り上げ、立ち向かっていく。

 バランを押さえていた兵士の内の1人が腰の剣を抜き、バリンの前に立ちはだかった。


 「止まれ!!止まらなければ斬る!!」


 兵士が剣を構えた途端、バリンの剣に変化が現れた。黒く禍々しい(もや)のような物が剣の周りを滞留し、その靄が兵士に向かって目にも止まらぬスピードで飛んでいく。


 「う!!」


 靄は正確に兵士の剣をかいくぐると、そのまま兵士の脇腹を断ち切った。切られた兵士は脇から血しぶきを出し前のめりに倒れ込む。

 信じられない光景に全員が固唾を飲んだ。

 この至近距離で見れば(たが)えるはず等無い。間違いなくバリンは魔法を使っている。

 一度バリンは足を止めると、剣の切っ先を下に向けた。


 「……バランを放せ。そいつは無実だ!」

 「何を言う!今貴様が使ったのは魔法ではないか!これでこの者も魔法の手先であることが証明された!魔法と関わったものは即極刑である!」

 「バランは何も悪い事はしていない!」

 「魔法と関わった。それが悪だ!」


 ウーサーと言葉を交わせば交わすほど、バリンの目が険しくなっていく。

 恨みを募らせ、歯を食いしばり、剣を抱え直すと真っ直ぐウーサーを睨みつけた。


 「そんなの間違ってる!教えてやる!俺の両親は山奥に住んでて、ある日、困り果てた旅人が一晩だけ宿を求めてきたんだ。それで両親は小屋を貸した。でも、その人達はあんたが滅ぼそうとしてたドルイドの一族の魔術師だった。もちろん両親は正体なんて知らなかった。それなのに、あんたは領主に命じて、俺の両親を殺した!何の罪もなかった人をだ!魔法と関わっただけで悪だ?俺の両親は旅人の正体すら知らなかったんだぞ!なんで殺す必要がある!関わっただけで死刑だなんて、そんなのおかしい!しかも、今度は唯一残った弟を……なんの証拠も無しに……俺は……絶対、バランを助ける!」


 ウーサーに向かって振りかざしたバリンの剣を振り下ろす前にアーサーは自らの剣でその太刀を受け止めた。

 剣術ど素人のはずのバリンの一撃がやけに重い。

 これも魔法の力なのか……。


 「殿下!どいてください!!俺はあなたを斬りたくない!!」


 その言葉は嘘ではないのだろう。

 実際、バリンはさっきと違って妙な黒い靄は出していない。

 両手で剣を押し返しながらアーサーは力を込めた。


 「バリン、お前は魔法使いだったのか?俺をだましていたのか?」

 「違います。殿下。この剣は貰い物です。……バランを救い出すためにとある人がくれたんです」

 「ならば余計に退け。魔法使いでないならお前に罪は無い。俺もお前を切りたくはない」


 ウーサーには聞こえないように近くでつばぜり合いをしながら、バリンにささやく。

 バランの事は最早どうにもしてやることはできない。だが、バリンは違う。

 今ならまだ間に合うはずだ。


 「殿下……あなたは王にふさわしい。ウーサーではなく、あなたが国を治めるべきです。そのためにも俺が力を貸します」

 「俺はそんな事は望んでいない!」


 アーサーは力任せにバリンの剣を押し戻した。

 距離を取り、いつでもバリンの攻撃に対応できるように構えなおす。


 「俺は父上が国主にふさわしくないなど、微塵も思わない。第一、そのような方法で王位を継ぐなど……有り得ない事だ!」


 父上が死んで、王位を継ぐ。

 それはいずれは訪れることかもしれない。だが、その時は今ではないし、他人の力で成すべきことでもない。

 そもそも、国王を継ぐ人間として、息子である王子としても自分は父親に認められてすらいないのだ。

 魔法によって生まれた過ちの子。

 それがウーサーの中のアーサーだ。

 どれだけ自分がウーサーを父と敬愛しても、どれだけ自分がイグレーヌを母として求めても、アーサーは彼らにとっては思い出したくもない忌々しい過去の象徴でしかない。

 魔法を淘汰し、自身がウーサーとイグレーヌの子として、清廉な身なのだと証明できなければ王位を継ぐことなど叶わない。


 「そもそもなぜ、魔法に頼った!それは悪しき物だ!」

 「普通の方法ではバランを助けることも、城に上がることも叶わなかったからです!!」


 叫んだバリンがまたアーサーに向かって剣を振りかざした。さっきと同じように組み合い、睨み合う。


 「普通に無実を主張するだけでは、話すら聞いてはもらえなかったじゃないですか!俺は家族を守るために、こうするしかなかったんです!!」

 「目的が正しければ方法が正当化されるわけじゃない!!」

 「方法が正しくても、何もできないじゃないですか!!」


 バリンの言う事は最もだ。

 本当なら、こんな争いは不毛なのだ。バランが無実なのは火を見るより明らかだ。

 このような事態に陥る前に正しい調べと、公正な裁判が行われていればこんな事にはならなかった。

 現状が間違っていることは誰よりもアーサーが一番痛感している。それをどうにかしたくて、もがこうとして。

 だが、もがけばもがくほど王位から遠ざかって行く。

 正しいことをしようとすればするほど、正しい事ができる場所から遠ざかって行く。

 正しい事ができる場所に行こうとすればするほど、正しい事が出来なくなっていく。


 「……殿下も結局、同じなんですね」

 「違う!俺は……」


 俺は、本当は正しい事がしたいんだ。

 お前とバランを助けたいんだ。

 だが。


 「アーサー!!何をしている!賊を始末しろ!」


 ウーサーの短い命令が電流のように自分の身体を駆け抜ける。

 その荘厳な声音に秘められた意思が伝わる。

 『本当にお前が私の息子なら、キャメロットの王子であるならば』


 「今すぐ、その者の首を()ねよ!」

 「殿下!!」


 一歩も動けなくなったアーサーの視界に、マーリンと佐和が駈け込んで来た。開け放たれた扉の傍でこの事態に驚いて、目を見開いている。

 つい最近従者になった変わり者たち。

 自分を全く王子として扱おうとしない。平等にアーサーの一挙一動に色眼鏡なく怒り、感謝し、反応してくれる二人。

 幻滅……されるのだろうか。

 今から自分が行う事に。

 そんな考えが脳裏によぎった事がおかしくて、アーサーは自嘲した。

 俺は、たかが従者に何を期待しているんだ。

 王子として生きなければ、自分に意味はない。

 アーサーは剣の柄を力を込めて握りなおした。




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