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改めてまじまじと見ると、この女店主の美しさが一般市民とは違うことを佐和は感じた。
緩やかなウェーブを描いた長い黒髪。白い肌に紅の瞳、赤い唇が妖艶な笑みを浮かべている。髪と同じ漆黒の長いローブの裾は引きずるほど長い。
下町にいた時は気付かなかったが、地下牢には似合わない高貴な雰囲気を漂わせている。
「……お前は、確か、花屋の……どうやってここに入って来た」
マーリンの声が硬くなる。
言われてみれば、佐和はアーサーの侍女だから簡単に入れたのだ。
さっきの兵士たちがいくら間抜けでも、こんな状況でイグレーヌ王妃暗殺の首謀者の疑いのある人間を入れたりはしないはずだった。
「ひさしぶりね。改めて。モルガン・ル・フェイよ」
ふふっと口元を隠してモルガンが笑う。
その笑顔に佐和は本能的な嫌悪感を感じた。
カンペネットの時と同じだ。笑っているのは見た目だけで、目が笑っていない。
昔から特に性格の悪い女を見抜くのは得意なほうだった。男だけに媚を売ったり、自分の利益のために他人を踏み台にするような女は決まって目の周りが黒い。
実際クマやメイクで黒いわけではない。なぜか佐和の目にはそう見えるのだ。
実際、そう見えた女子と佐和が友達になれた事は一度もない。目の前にいるモルガンもそうだった。
目の周り、真っ黒……。
「見張りの兵はどうした」
「寝てもらったのよ」
モルガンが身体をずらし、通路の先を佐和たちに見せつけてくる。
先程の見張りの兵士が控えていた場所に兵士達が倒れていた。
「何をした!?」
「だから、寝てもらったのよ」
聞き分けのない子どもに言い聞かせるような口調に、マーリンが苛立った。
本能的に佐和はモルガンから後ずさった。背中にマーリンの入れられている牢の鉄格子が当たる。
「改めまして、マーリン。前回はごめんなさいね。ろくな挨拶もできず」
「どうして……俺の名を」
「だって、そなたと私は兄弟ですもの」
信じがたい言葉に佐和もマーリンも言葉を失った。ただ一人、モルガンだけが相変わらず艶やかに笑っている。
「何を……言って……。そんなわけない。俺に家族はいない!」
「信じるも信じないも自由にすればいいけれど」
モルガンはローブの首元からペンダントを取り出すと飴色の宝石のついたそれを掲げて、こちらへ向けた。
「アペロセラティ」
「きゃ!!」
飴色の宝石が一瞬淡い光を放ったかと思うと、佐和の背後で小さな爆発が起きた。
マーリンの入れられていた牢の扉の錠が荘厳な音を立てて床に落ちる。モルガンの不可解な行動に慄いたマーリンだったが、すぐに牢から出て背後に佐和を庇った。
「どういうつもりだ……?」
「私たちは同類なのよ。マーリン」
ペンダントを胸元にしまい直し、モルガンがマーリンを上目使いで見つめている。
佐和はマーリンの背中から、その瞳を注意深く観察した。
さっきよりも眼のふちが黒くなっているような気がする。
「……俺は王妃を暗殺しようだなんて考えていない」
「でも、ウーサーは王であるべきではないとは考えている。その点において、私たちは手を結べるはずよ。そなたはアーサーを王にしたい。私はウーサーを破滅させたい。両者は同じことではない?」
確かに、ウーサーがいる限りアーサーは王にはなれないが、実力で排除すればいいという話ではない。
その世代交代は自然に行われるべきものであって、恣意的に、しかも他人の暴力で行われていいものではない。
「全然、違う。俺は、人殺しなんてしない」
「友達と育ての親は殺したのに、国王を殺すのは躊躇う?」
何を言ってるんだ、こいつは!
マーリンよりも先に佐和が怒り心頭に達した。
それとこれとは事情が違う。
ミルディンの時も、院長先生の時も、マーリンが二人の死に関わったのは不可抗力だ。
マーリンが直接悪いわけじゃない。それなのに、こいつはわざとマーリンがそう言えば揺らぐとわかって煽ってきているのだ。
佐和の予想通り、ミルディンたちの事に言及された途端、マーリンは言葉を飲み込んでしまった。
「そうじゃ……」
「なら、殺せるのではない?そなたのお友達の―――そう、ミルディン。彼がそなたに頼んだのは『もう誰も魔術師というだけで差別されない国』でしょう?そなたが彼の生きた証を証明するのでしょう?なら、彼の命を奪った元凶であるウーサーを倒すのは筋が通っているのではない?彼の怒り狂う魂の鉄槌を、あの暴君に味あわせる事こそが、そなたにできる最良の彼への贐ではない?」
どうして、マーリンとミルディンが最後に交わした言葉を知ってるの。
当てずっぽうで言っているようには見えない。
魔術師なら予言や透視もできるかもしれない。もしそうだとして、ここでこの言葉を持ち出してくるモルガンの意図に反吐が出る。
この女はどう言えばマーリンが正常でいられなくなるかわかっている。わかっていて、一番マーリンの心を揺さぶる事を言ってきているのだ。
マーリンにとって大切なのはミルディンの遺言を叶えること。
それを達成するための手段は別に正攻法である必要はない。けれど、モルガンの提案のような血で作り上げた革命が血で終わる事は歴史が証明している。それは新しい時代を切り開く方法としては不適切なように佐和には思えた。
「どうして……ミルディンの事を……」
「知っている。そなたの事なら、何でも。ずっと見守って来たのよ。言ったでしょ?あの時はごめんなさいね。コンスタンスが暴走して」
案の定、マーリンに動揺が走っている。
そして、心の距離を更に詰めようと、モルガンは申し訳なさげに目を伏せた。そのしおらしい様子とは対照的に、物騒な事を言っていることに気付いた佐和はモルガンを睨みつけた。
「……コンスタンスが、って……もしかして……保護施設の魔術師を軍団に仕立て上げようとしてたのは、あなた……?」
そこで初めてモルガンは佐和の存在に気付いたようだった。
モルガンはまるで小さな虫を見つけたように、少しだけ五月蠅いものを見るように片眉をあげた。
わざとらしい仕草。
どうやらここを突っ込まれるのは想定内らしい。
「ええ、魔術師は協力して立ち上がらなければ、いずれウーサーに滅亡させられる。これは生存戦争なのよ」
「……ふざけるな。お前のせいでミルディンは死んだんだぞ!!」
「彼の事は尊い犠牲だと思っている。けれど、本当に悪いのは私?元をたどれば魔術師を不当に差別するウーサーさえいなければ、彼も死ぬことにはならなかった。そなたもそう考えていたはずではない?」
「……確かに、ウーサー王の統治に賛成はできない。でも、だからこそ、そんな世界を変えるために俺は動くんだ。もう二度と、ミルディンみたいな人間を出さないために」
「だからアーサーを導く?笑わせないで。アーサーも魔術師を忌み嫌っているではないの」
「それだって……変えられるかもしれない」
「無駄。人は思想が異なれば理解し合う事はできない。それは不可能よ。アーサーとそなたが通じ合うことなどない。そなたもそう感じているのではないの?」
自信なさげに答えたマーリンとは違って、モルガンの回答は自信に満ち溢れている。
本当に自分のやっていることに自信を持っている人の目だった。けれど。
「……マーリン、騙されないで。この人の言ってる事、一見つじつまが合ってるように聞こえるけど、自分の都合のいいように言い換えてるだけだよ」
佐和の発言を聞いたモルガンがほお?とでも言いたげに佐和に笑いかけた。
女性特有の自分の上位を確認している笑みがうすら寒い。
「自分は魔術師の味方みたいな言い方してるけど、それなら保護施設に集めた魔術師を洗脳して、死をも恐れない軍団にするのはおかしい。本来なら手厚く保護すべきだもん」
「さっきも言った通り、魔術師はウーサーに殺される可能性がある。だから、そのために力を身に着ける必要があるが故の措置ではないか。洗脳していたのはきっかけづくりに過ぎない。私たちの意志を理解してもらうための第一歩として」
「それはおかしい。本当に理解し合うっていうのは、お互いの価値観をすり合わせる行為の事を言うんだよ。それなのにかたっぽの価値観を自分と同じにして、そこからスタートするのは相互理解じゃない。懐柔だよ」
「おかしなことを言う娘ね。理解し合うなんて私は一言も言ってないわ」
モーガンは自分の胸に手を当て、優しく微笑んだ。
「私の考えを他が『理解』すればいいだけではない?私が他の人間を理解する必要ってどこにある?だって、その者たちが持っている考えは取るに足らない物なのよ?第一、あなた、人間が本当に理解し合える生き物だと本気で信じている?私は思わないわ。ねえ?マーリン。そなたもそう思うでしょう?だって『普通』に考えれば、院長先生。犯人だとは考えられないわよね?でも、村人は心の安寧を優先してその普通を捨てた。私がそんな愚かな人間の心理を理解するなんて不可能だもの。文句を言っているあなただって、あるのではない?『普通』考えればわかるでしょう、と憤った事」
モルガンに問いかけられた佐和の脳裏に、今までの事が蘇ってきた。
そんな事は日常の中で数えきれないほどあることだ。特に働いていれば。他人に心の奥底で苛立ちを覚える時に、必ずと言っていいほど思うことじゃないか。
「だって、『普通』考えればわかるものではない?疫病の原因が魔術のせいで、本当に犯人がそなたの育ての親ならば、なぜ、自分にも魔術をかける必要がある?『普通』考えれば、魔術師というだけで殺す必要がないことぐらいわからない?『普通』良いことをしようとする王子の足を引っ張ろうと思う?そういう人間と心を通わせられると、本気で考えている?そんなはずはないでしょう?」
「……確かに、あなたの今の主張、一貫はされてるよ。でも、それはあなたにも言える事でしょ。あなただってそういう『普通考えればわかる』って言ってやりたい奴らとは言葉が通じないって思い込んでる。それは他の人から見たら『普通考えれば、話し合ってみるべきだって思うでしょ』に当てはまるじゃん」
相手が堅物だと苛立つ時は、同様に自分も堅物になっているのだ。
それを認められないだけで、相手が柔軟性に欠けると思ったということは、相手の頑固さを自分が受け入れられていない証拠に他ならない。
「あら?そう。じゃあ、それでもいいわ。でも、結局は話は通じ合わないって事になるわね。ね?マーリン。アーサーとも同じでしょう?決定的に価値観が合わないでしょう?それを乗り越えることは不可能なのよ」
佐和の言葉をいちいち上げ足を取るモルガンに、更に言ってやろうと息を吸い込んだ佐和の横で、マーリンが小さく息を吸った。
「……俺も、そう思った」
「マーリン!」
「アーサーはワガママで傲慢で、俺やサワに対して理不尽に当たって、魔術師と聞いたら、それだけで切り殺す。最低の人間だと思った」
「マーリン……」
「でも、だからこそ、最初の一歩を、『俺』が踏み出したい。アーサーは―――良い王様の素質を持っている。バリンを助けたアーサーも、周りに反対されても民の事を考えたアーサーも俺はもう知ってる。それを見なかったことにして、あいつは嫌な奴だ。それだけで片づけることはもうできない。でも、今は魔術師にとって、良い王様じゃない。それは事実だ。だから、アーサーに魔術師を認めさせるんだ。他の誰でもない。俺が!そう、サワと話してて思ったんだ」
言い切ったマーリンの力強い発言に、佐和の胸が熱くなった。
「くだらない。そなたはそんな苛立つ相手になぜ自分の信念を譲らなければならないのか、疑問に思わないの?」
「思う。思ったよ。それでも、俺が先に折れなくちゃならないんだ。アーサーはむかつく。むかつくけど、それでずっとそのままなら、何も変わらないんだ。だから、変わらなくちゃいけないんだ……。まずは――――俺が」
ずっとマーリンは悩んできた。
モルガンの言った通り、アーサーは魔術師を理解しようとはしない。だから、それを変えることは不可能なようにも思えるし、可能だとしても労力を伴う。その憤りは想像を絶するだろう。
でも、だからこそ、そんなマーリンとアーサーが本当の意味で理解し合って創る国ができた時、それはまさに新しい時代の夜明けに違いない。
静かにマーリンの主張を聞いていたモルガンの顔から温度がなくなっていく。
さっきまで笑っていた顔が冷酷になり、その鋭い目が佐和に向けられた。
「……やはり、マーリンを変えたか。湖の乙女」
北風が肌に突き刺さるような凍てつく視線に、怯えそうになる。
視線だけじゃない。その言葉の内容も佐和に戦慄を走らせた。
……この人は、私の事を知ってる?私が湖の乙女「ニムエ」だって事。
でも、私が本当は偽物で、本物の湖の乙女である海音は死んでしまった事までは知っているのだろうか。
この人、一体何者なの……?
佐和の戸惑いを余所に、モルガンはもう一度胸元からペンダントを取り出すと目線の高さまで持ち上げた。
「マーリン、目を覚まさせてあげるわ」
怪しげな笑みを浮かべたモルガンがペンダントを力強く握った。それに気付いたマーリンが佐和を突き飛ばすのと、モルガンが呪文を唱えるのはほぼ同時だった。
「アナプストス!!」
突き飛ばされて転んだ佐和は背後から聞こえた爆音に、急いで上体を起こした。
ペンダントを掲げ、笑いながらモルガンが伸ばしている手の先で、マーリンが見えない巨大な腕に掴まれているように壁に押し付けられている。
「マーリン!!」
「く……!!」
「無駄。意志魔術ではどうしようもできないわよ。そなたと私では意志の力が違うわ。私は必ずウーサーを玉座から引き下ろす。どんな事をしてでも!」
モーガンの真紅の瞳に燃え上がるような力強さが宿っている。ぎらぎらとした眼差しがマーリンを睨みつけたまま、魔術を行使し続ける。マーリンはなんとか拘束を解こうともがいているが、一向に動かないようだ。
どうしよう……!このままじゃマーリンがやられちゃう!!
慌てて周りを見回しても何もない。これだけ大騒ぎしているのに他の兵士が駆け付ける様子もない。
「安心するがいい。大人しくしていれば命を奪ったりはしない。今頃、バリンがウーサーの元に向かっているはず。決着が着くまで事の成り行きを見守っているだけでいいのよ」
「それは……俺に、ウーサー王を見殺せって言ってるのか……?」
「ええ。そなたもあの男は憎いはずでしょう?むしろ手伝いをしているのよ?これでアーサーは王になれるのだから」
「バリンは……アーサーに危害を加えるつもりは、ないかもしれない。でも、国王に刃を向ければ、アーサーは必ず立ちはだかる。そうすれば、必然的にアーサーかバリン、どちらかは……」
「ええ、死ぬでしょうね」
事もなげに答えたモルガンがさらに腕に力をこめると、マーリンを縛る見えない力がさらに強まりマーリンが苦しげに呻く。
どうすることもできない佐和はただただ、マーリンとモルガンを交互に見つめた。
「そう……なれば……バリンが……アーサーに勝てる……わけがない……!」
「普通なら、ね。純粋な剣の腕前でアーサーに並ぶ者は少ない。けれど、私が授けた力でそんな事は関係なくなる」
じゃあ、やっぱり、あれは魔法だったんだ。
おかしいと思った。一般市民のバリンが剣を扱えるわけがない。
それなのに、広場に現れたバリンは少しも剣を振るわずに、兵士をなぎ倒した。
ということはあの剣はモルガンが創った魔法道具ということだ。
「バリンはウーサーを殺す。私の野望は……邪魔させない!」
どうにかしないと!巻き込まれてアーサーが死んじゃう!そもそもこのままだとマーリンが危ない。
この城にマーリン以外、魔法を使える人間は絶対にいない。
そうなると、バリンの魔法の剣に対抗できるのはマーリンだけだ。マーリンを助けなければ、ウーサーもアーサーも死ぬ。
佐和はこっそり立ち上がると、一気にモルガンからなるべく離れた所を駆け抜けた。
モルガンのいる通路の先に兵士が駐在する場所がある。罪人から取り上げた物が保管されているとすれば、そこだ。
マーリンのローブさえ――――ポケットに入っている杖さえマーリンに渡せれば、マーリンもモルガンと渡り合えるはずだ。
必死に走っているのに、体中にヘドロが巻きついたみたいに体が重い。足が前に中々進まない。元々遅い自分の足が恨めしい。
「サワ!!」
「させない!!」
モルガンが佐和に向かって手を突き出すのと、それに気付いたマーリンが叫ぶのが同時に佐和の耳に届く。
走りながら振り返ると、モルガンがこちらに向かって呪文を唱えている。
「イレテッルッシュモッシュ!」
モルガンの手のひらに青い電流が流れだすと、それがそのまま佐和に向かって飛んできた。
避けることもできず、直撃する。
「サワ!!!」
「きゃああああ!!…………あれ?」
絶対にしびれるし、痛い。
そう思って顔を覆っていた佐和だったが、いつまでたっても何も感じない。
そっと顔を覆っていた腕をどけてみると、魔法を使ったモルガンもどうにもなっていない佐和を見て、ぽかんと口を開けている。
「全然、痛くない……」
両手を見ても、足元を見ても、怪我をしている様子も感じもしない。
不発……だったのだろうか?
「……なぜ……?」
唖然とするモルガンを見て、ようやく佐和も我に返った。
魔法が当たらなかった今がチャンスだ。
一気に佐和は駆け出すと、倒れている兵士をまたいで部屋の壁にかかっていたマーリンのローブを取った。その胸元から小さいままの杖を取り出し、マーリンに向かって思いっきり投げつける。
「マーリン!」
マーリンの頭上に回転しながら飛んで行った杖はマーリンの頭上で、青い光りを輝き放ちながら元のサイズに戻っていく。その光がマーリンを押さえつけている見えない力を溶かしていくのを佐和は肌で感じた。
マーリンは何とか腕を抜き伸ばした手で杖を握った。その瞬間、マーリンを押さえていた力が飛び散っていく。
「今度はこちらの番だ!ディナミペラボ!」
マーリンが杖をモルガンに向けると、モルガンが上空に吹っ飛んだ。空中で体勢を立て直しそのまま地面にふわりと浮きあがっている。
マーリンの魔法が全く効いてない……?
佐和たちの頭上に浮かぶモルガンは冷たい目でこちらを見下している。
「そなたをなるべくなら殺したくはない……。まあ、時間稼ぎは充分。マーリン、また会いましょう。それからニムエ―――そなたはいつか殺す。必ず」
モルガンの冷たい言葉に佐和の背筋が凍る。
比喩表現ではない。モルガンは本気で佐和を敵認識したようだった。
マーリンの魔法は当たったはずなのに、モーガンは涼しい顔のまま、長いローブを翻した。小さな黒い竜巻のように風がうずまきモルガンを包み込むと、その姿は跡形もなく消え去った。
「いずれ、わかる日がくる。マーリン。人は決して分かり合えないということが」
地下牢の通路にモルガンの不気味な声が反射する。
さっきまでの騒ぎがウソのようにその声が止むと、牢は静けさに包まれた。
「……マーリン」
「サワ!怪我は!?」
「大丈夫。外れたみたい」
駆け寄ってきたマーリンがほっと一息をつく。
運が良かったとしか言いようがない。
「あいつは今どこにいる?」
矢継ぎ早の質問に佐和は考えをめぐらせた。
「アーサー?王様の所へ行くって……」
「やっぱり……行こう!」
そう言ってマーリンが勢いよく駆け出して行くのを、佐和は慌てて呼び止めた。
「待って。マーリン。脱走したりして大丈夫?」
兵士を気絶させたのはモルガンだが、兵士がそれを覚えているかどうかはわからない。ここでマーリンが脱走すれば、兵士を倒して脱獄した極悪犯だと思われるのは多分マーリンだ。
「今はそんな場合じゃない。あいつの所へ行かないと」
「……マーリン」
「俺は、あいつが世の中を変えられるのか、見届けたいんだ。だから」
その後に言葉は続かないけれど、言いたいことはなんとなく伝わってきた。
そうだね。
モルガンにはさっきああ言ったものの、きっとまだマーリンは悩んでいる。自分が導くべき王はアーサーで本当に良いのかどうか。
だからこそ、こんなところでアーサーを死なすわけにはいかないんだ。
「わかった。マーリン。行こう。アーサーの所へ」
一緒に見届けるのが、私の役目だから。