page.86
***
どうやら城中の兵士や騎士がバリンを侵入者とみなし、対応に当たっているらしかったが、牢屋にいた見張りの兵士だけは持ち場を守っていた。
有事に牢の見張りを解けば、混乱に乗じて脱走を図ろうとする犯罪者もいるだろうからこれは想定内だ。
「すみません。面会をお願いします」
声をかけられた兵士は遠慮なく顔をしかめた。
それもそうだ。この非常事態に何を言ってるのだと言いたい気持ちはわかる。
案の定、兵士は取り繕った営業スマイルを向けてきた。
「今はちょっと……後にしてもらえませんか?あなたも避難した方が良いと思いますよ」
どうやら割と話の通じそうな若い兵士だ。佐和はここに来るまでに考えておいた口上をそのまま口にした。
「私は殿下に仕えている侍女です。その侵入者に関して、こちらの牢に収容されている同じ殿下の侍従に確認したい事があって来ました。殿下の命令で、です」
「これは失礼しました」
『殿下』という言葉を聞いて、兵士があっさりと引き下がった。
やっぱり想像通り、書類を確認するなんてことはしない。
通された佐和は薄暗い通路を通って、マーリンのいる牢の前まで来た。わずか三畳くらいの牢にはベッド代わりの石段と、藁が布いてあるだけだ。その奥に座っていたマーリンが佐和に気付いて顔をあげた。
「サワ!どうしたんだ?」
「マーリン!バリンがお城に乗り込んできたの!」
「何だって」と驚きながら、マーリンが鉄格子のすぐ側まで近寄ってくる。一晩牢にいたせいか服や髪がくたびれているが、怪我などはしていないようだ。
「バランを助けに来た?だけど……すぐに捕まるんじゃ……」
「私もそう思ったんだけど、広場にいた兵士は皆バリンにやられちゃったの……でね、その時、バリンが全く剣を動かさないで兵士を倒したの。あれは……」
「魔法……か?」
見張りの兵士は入口にいる。距離はそこそこあるので会話が聞こえるとは思えないが、用心してマーリンが声を落とした。佐和も小さく頷く。
「あいつは?」
「アーサーは国王陛下の所へ行った。どうしよう?マーリン」
「バランならさっき牢から出されて連れて行かれた。ここにはもういない。たぶん、今頃謁見室だ。最後の判決を王が下して、そのまま処刑場に連行されるはずだから」
「じゃあ、やっぱりバリンが向かってるのは国王の所……どうしよう、マーリン。もしあの剣が本当に魔法ならアーサーが危ない」
アーサーの剣の腕は確かだが、こと魔法となれば実力は関係ない。
それに、バリンが魔法を使っているとわかれば、アーサー自身がバリンに切りかからないとも限らない。
「どうにかして出られれば……」
「マーリン、杖は?」
「ローブごと取り上げられた。たぶん、見張りの兵士の所に置いてある」
そうなるとどうしようもできない。
佐和が兵士の目を盗むなど不可能だし、第一聞いてはみたものの、魔法を使って脱走したらマーリンが魔術師だとばれてしまう。
「出してあげましょうか?」
唐突な声に、佐和もマーリンも驚いて声の主を見つめた。
佐和の背後、暗い通路に立っていたのはバランを預かっていた花屋の女店主だった。