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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 王の素質
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 ***



 「開けてくれ!お願いだ!殿下に会わせてくれ!!」


 どうにか門番に気付いてもらおうと、バリンは壁のように立ちはだかる門を叩き続けた。

 城に続く門の扉は閉まっているが、上部に見張りの騎士が詰めているはずだ。実際、小さな窓からは明かりが漏れている。そこから漏れてくる笑い声が止んだ。


 「しつこいな!お前も!無理なんだよ!王様の命令なんだから」


 小さな窓から騎士がバリンを見下ろしてきた。顔を出した騎士の後ろからもブーイングが聞こえてくる。

 普段ならば門が閉まっていることなどほとんど無い。きっとバリンの事やイグレーヌ王妃を狙った魔術師を警戒して、王が命令して閉じさせているに違いない。それならここで頼み込んでも無駄かもしれないが、それ以外方法がなかった。


 「頼む!お願いだ!そこをなんとか!弟が死んじゃうんだ!!」


 謁見室で兵士に囲まれていたバランの顔が蘇る。

 怯えきった表情に、小刻みに震えていた身体。容赦なく叩きつけられたウーサー王の判決。

 今、ここで自分がどうにかしなければ、バランは確実に殺される。

 誰も助けてなどくれない。両親はとうの昔に他界した。それから、弟と二人、その日を懸命に生き延びてきて、ようやく安定した生活が手に入るかと思った矢先に、こんなことになるなんて。


 「頼む!!」

 「しつけーよ!!」


 ふいに上から降ってきた液体がバリンの頭から降り注いだ。

 やたらとべたべたした感触に驚いて騎士を見上げると、その手には酒瓶が握られている。よく見れば松明に照らされた男の顔は赤い。


 「無駄だから、早く帰って寝ろ!!」


 酒瓶を振ってバリンに唾を吐いた騎士の行動に、部屋の中から笑い声が聞こえてきた。

 どうやら見張り部屋で酒盛りをしているらしいとわかった瞬間、怒りが沸騰した。

 こんな奴が、本当に騎士なのか……!

 弟の命の危険を憂いて懇願する者に、飲みかけの酒を浴びせるような奴が。

 そして、無実の弟を共犯者として王の元へ連れてきたのも同じ、ウーサー王の騎士だ。

 そんな男たちのぞんざいな推察と疑惑だけで、俺の弟は殺されるのか。

 ふつふつと湧いてきた怒りのまま、バリンはめちゃくちゃに扉を叩いた。


 「開けろ!開けろ!開けろ!開けろ!!」


 拳を振り上げるたびに、水滴が飛び散る。それが酒なのか、汗なのか、涙なのか、わからなくなった頃、門の横にある小さな通用門が音を立てて開いた。そこから何人かの騎士が松明を掲げて、バリンに近寄ってくる。


 「ったく、しょうがないよな。『帰れ』って言ったのに」


 ぶつぶつ文句を言いながらも、やっと気持ちが通じたと、安堵していたバリンは息を飲んだ。

 ぞろぞろと出てきた酔っぱらった男たちの手に、こん棒が握られていた。


 「でも、帰らなかったお前が悪いよな?不可抗力ってやつだよ。不可抗力。おい、ここで騒ぐと面倒だから、あっち連れてこうぜ」

 「賛成」


 扉を叩くことに全力を使ってしまったせいで、身体に力が入らない。

 立てもしないバリンの腕を無理矢理掴み、兵士たちはバリンを人気のない路地に引きずって行った。

 泥まみれの路地に放り出され、思い切り尻餅をついた拍子に泥が飛び散る。

 地面に体を叩きつけた痛みよりも、非情な目で見下してくる兵士の冷酷な視線の方が身体に刺さってくる。


 「しつこいんだよ!!」

 「かはっ」


 苦しい。お腹を蹴られたのだと、遅れて理解した。

 呼吸が苦しくなって、あえぐとそれを見ていた他の兵士が嘲笑した。


 「きもちわるっ。こいつ涎、出したぞ」

 「ははー。次、俺、な!!」


 二回目の衝撃に、バリンの意識が霞んだ。

 周りを取り囲む兵士は6人もいる。逃げ出す事は無理そうだった。


 「身の程をわきまえないから!こうなるんだよ!いいか!王が死刑と言ったものが!ひっくり返るわけないだろ!余計な手間かけさせるんじゃねえよ!」

 「おいおい、やりすぎじゃね?」

 「ばれやしないって。こいつ、どうせ城には、もうあがれないだろうし」

 「ばれないように、見えないとこしか蹴ってねえし」


 兵士が何か言うたび、道端に転がるゴミを蹴り飛ばすように腹を蹴られる。

 苦しくて、苦しくて。

 でも蹴られ続けるうちに、痛みが遠のいて、代わりに燃えるように身体が熱くなってきた。

 こんな奴らに、バランは殺されるのか。

 今みたいに、他人を見下して、価値がないと決めつけて、それで殺しても構わないと。

 これが騎士なのか。

 慈悲も崇高な意志もない。

 これが……ウーサー王の騎士。

 身体が熱くなっていくたびに、痛みも、男たちの不愉快な言葉も遠のいていく。

 お腹への衝撃も感じなくなってきて、バリンはゆっくり瞬いた。

 ずっと、バランと二人、生きてきた。

 両親が亡くなってからずっと。弟は自分が守る。それだけが心の支えだった。

 それなのに、こいつらに俺は、唯一の肉親を奪われるのか。

 こんなやつらが生きて、バランが死ぬのか。

 悔しくて、涙が止まらない。

 どうして、こうなるんだ。

 俺が、俺たちが何をしてきたっていうんだ。

 何も悪いことなんてしてない。ただ生きるために必死だっただけなのに。

 どうして、こんな奴らが酒を飲めるほど裕福で、真面目に生きてる人間が不利なんだ。

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 最早、痛みも感じなかった。

 頭にきすぎて感覚が亡くなったのかとそっと、うつ伏せた状態から視線を挙げた。

 取り囲んでいる兵士の足が見えるかと思っていたけれど、バリンの視界には何もなかった。

 驚いたことに、兵士がいつの間にか一人もいない。ただ暗い路地に自分が寝そべっているだけだ。


 「なん……で?」


 確かに、自分は今、兵士に取り囲まれて暴行を受けていたはずなのに。そんな事はなかったように辺りは静まりかえている。

 だが、確かに痛む身体がさっきまでのことは夢ではないと告げている。


 「私が、片付けたからよ」


 その女は暗闇から零れ落ちるように現れた。

 信じられないことに、目の前の空間が水たまりみたいに波紋を作り、その中心から黒いローブを身にまとった女性が出てきた。


 「なんで、あんたが……あんたは……」


 忘れもしない。バリンが城に行く間、バランを預かってくれると言い出した花屋の女亭主がそこには立っていた。緩やかなウェーブのかかった黒髪が風に舞っている。


 「あんたのせいで、バランが」


 バリンは、最後の力を振り知って、立ち上がった。真っ向から女を睨みつける。


 「それは本当に私のせい?」

 「何を言ってるんだ!あんたが王妃を狙わなきゃ、バランが捕まることなんてなかったんだぞ!!」


 そもそもこの女が暗殺など企てなければ、バランがこんな目に合うこともなかったのだ。

 最初はただ親切な人だと思った自分が憎い。もしかして、最初からこの女は自分たちを利用する気だったのかもしれない。暗殺の手伝いとして。

 そうでなければ、なんの得もない見ず知らずの子どもを引き取るわけがなかった。


 「浮かれてて、気付かなかったよ!最初から俺たちを利用する気だったんだろ!」

 「それは違う。私がそなたに声をかけたのは、私とそなたが同志だからよ」

 「同志?なんだそれ!俺は人殺しなんかしない!」

 「でも、殺されたことはある」


 女の言葉はバリンの身体に雷に打たれたような衝撃を与えた。

 女の言ってる事ははたから見れば何を言ってるのだと一笑されるような言葉だ。

 でも、バリンには思い当たる節がある。

 けれど、それを知っているのは自分と殿下たちだけのはずだ。それを、なぜ。


「なぜ、この女がそんなことを知っている?という顔をしているな。教えてやろう。―――私も、ウーサー王に愛しい者を殺されたからだ」


 女は一歩も動けなくなったバリンに優雅に歩み寄ると、顎を優しい手つきで撫でた。


「そなたと私は、同じだ。愛しい者をあの愚者に奪われた。理不尽に、冷酷に。そなたの両親――――殺される必要があったか?」


 その途端、バリンの脳裏に両親の優しい笑顔が蘇った。

 緑深い森奥の粗末な我が家。質素でも家族全員で暮らしてた暖かな時間。そこに現れた集団の影。逃げる自分とバラン。そして森に飛び散った両親の血。


 「…………黙れ!バランをこんな目に遭わせた奴の言う事なんか聞くもんか!」


 バリンは浮かんだ映像を振り切るように、女の手を払った。

 肌を叩く乾いた音が、闇夜に響く。叩かれたことを気にした様子もなく、女はしゃべり続けた。


 「よく考えろ。本当に悪いのは、私か?間違っているのは、大した証拠もないのに、証言を鵜呑みにし、独断に基づき、人の命を奪う、あの男の方ではないのか?他の聡明な王ならば、そなたの弟は死刑に処されたか?しかも、あのような出来損ないの騎士の証言を基にして」


 返す言葉は無い。

 女の言う事は全て正しい。

 あんな奴らの言う事は聞いて、善良に生きている市民の声が届かない王など、意味はない。


「私なら、そなたの弟を救える。私に手を貸せ。あの愚鈍な王に正しき国民の意志を伝えるのだ」


 女はバリンの顔を両手で包み込むと、唇を耳に寄せてきた。


 「そなたは王子殿下を、どう思う?」


 女の予想外の行動と言動に身動きが取れないまま、バリンは何とか答えを絞り出した。


 「聡明で、公正で、偉大な……王の中の王だと思う。ウーサーなんかと違って」


 艶めいた声に、不思議と身体の緊張がほぐれていく。

 奥歯がくすぐったくなるような感覚に揺蕩(たゆた)っていく。そんなバリンを女が優しく抱きとめる。


 「私も、そう、思う。我らでアーサー殿下の道を切り開こうではないか。ウーサーがいれば、殿下はいつまでたっても正しい事を成す事ができないのだから」

 「……殿下のためにも……」


 確かに、殿下が玉座に着けばバランは死んだりなんかしない。

 きっときちんとした調べを徹底してくれるだろう。

 あの日、食糧を分けてくれたあの姿、あれはまさしく国民が求めてやまない王の背中だった。


 「私なら、そなたにそれだけの力を与えられる。協力しようではないか」

 「……でも、ウーサーを殺そうとしたら、きっと、殿下がいらっしゃる。殿下と敵対したくない」

 「それも大丈夫。私に任せて。全部、うまく行くから」


 女はバリンの背中を何度も何度も撫でた。

 バリンの手から力がみるみる抜けていく。

 その様子に、女はバリンを抱きながらほくそ笑んだ。


 あとはそなたに邪魔されぬようにするだけだ。――――――創世の魔術師。




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