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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 王の素質
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  ***



 連れてこられたのは、アーサーの私室だった。

 佐和が入った後、アーサーは廊下に人影がないことを確認すると扉に鍵をかけた。


 「お前は少し、城内の騒ぎが収まるまでここにいろ」

 「マーリンは?どうなっちゃうんですか?」

 「安心しろ。殺されはしない。一日、牢に入れるだけだ」


 それを聞いてひとまず、一息ついた。

 自分を庇ってマーリンが死ぬような事があったら耐えられないし、路頭に迷ってしまう。

 でも、問題が解決したわけじゃない。

 バランは地下牢に逆戻りだ。それどころか今頃、牢の警備は厳重になっているはずだった。


 「……どうして、バランを逃がそうなんて考えた。正義感だけじゃないだろう」


 疲れ切った様子でアーサーは椅子に腰かけた。佐和は目の前まで移動して、疲弊したその表情を見つめた。

 どこまで言っていいのか。わからない。

 でも、マーリンはアーサーに全てをぶつけた。ケイもマーリンを信頼して託した。

 それなら、私もその想いをアーサーに伝えるべきなんじゃないだろうか。

 それが私の、創世の魔術師と王を結びつける湖の乙女ニムエとしての正しい立ち位置なのかもしれない。


 「全部、ケイに聞いたからです」

 「何をだ」

 「アーサーが、魔法で生まれたってどういうことなのか。どうして陛下に逆らえないのか」


 佐和の言葉を聞いたアーサーが「あいつ……」と恨めし気に呟いた。


 「それが、どうしてバランを助けることに繋がるんだ」

 「それは……たぶん、マーリンがアーサーを助けたかったんだと思います。マーリン。言ってました。アーサーが立場上できない事なら、自分がやればいいって」

 「……俺の顔に泥を塗る事がか?随分できた従者だな」

 「本当に、そう思ってる?バランを助けることは間違いだって」


 アーサーは答えない。けれど、質問の答えはノーだとその表情が物語っている。


 「だからといって、なぜ一介の従者に過ぎないあいつが、俺のために命を張る?利害関係で動いているのか?」

 「そんな事、思ってもいないくせに。……マーリンの育ての親は魔術師に仕立て上げられて殺されたんです。友達も同じく、魔法関係で命を落としました。どっちも魔法やその人が悪かったんじゃなかった。魔法や魔術師、王家や戦争に翻弄された結果だったんです」

 「……そう言ってたな」

 「だから、周りの歪んだ思惑や偏見のせいで、誰かが傷つくのがマーリンは嫌なんですよ。それで、そんな世界をどうにかしたくて、王都に来たんです」

 「スケールの大きな話だな」


 鼻で笑ったアーサーに、佐和は食ってかかった。


 「その夢を一番初めに描いたのは、殿下じゃないんですか?一生懸命生きている同じ人間同士なら、必ず分かり合えるって……」

 「……ケイの奴。そんな事まで話したのか」


 アーサーは佐和の顔を鋭い目つきで見返した。


 「それは幻想だ。実際、王宮に来て実感した。国は綺麗ごとだけで運営していくことはできない。国が大きければ、大きいほど多くの人が存在する。そして、その人々の願望も立ち位置も全て違う。全部を満たす事なんて、できないんだ。一つの政策を採用すれば、必ず反対していた人間が憂き目に遭う。この世界は大多数の幸福と少数の犠牲で成り立つんだ」

 「私だってそんな事、嫌っていうほどわかってるよ」


 元の世界で痛いほど知っている。人類皆円満解決なんて、そんな事はありえない。

 政治のニュースを見れば、立場の違う政党同士の野次が飛び交い、国民の幸福のための話し合いは二の次だ。

 海音は主人公として選ばれて、異世界に飛ばされ、脇役として佐和は、元の世界―――海音のいなくなった世界で、淡々と生きていくはずだった。


 「でも……」


 海音みたいになれたらと、泣いた日々。

 周りの人は皆、輝いて見えた。

 特別目立った特徴も特技もないうっすぺらい自分。

 そんな私は世界の理不尽な壁の中で生きている。そこから飛び立つ術も才能も何もない。

 でも。


 「犠牲にならざるをえない人間はどこにも行けないなんて。そんな事、『アーサー』が言わないで。あなたは……世界を変えられる人だよ」


 佐和の目がにじむ。目頭が熱くて、でも、こぼれるほどの涙は出ない。

 中途半端な気持ち。

 もっと、ここで思いっきり悲しめたら、わめけたら、私は名のある登場人物に成れるのかもしれない。

 でも、そんな事はできない。それは性格上、どうしようもない。


 「……無理だ。正しい事なんて、できない。俺は、王子として失格なんだ」

 「そんなことない。少なくとも、私とマーリンはそんな事思ってない。ケイに話を聞いて、ずっとアーサーを見てきて知ってる。アーサー、アーサーは正しいよ。悪いのは、それを容認できない周りだよ。民の事を思って行動するアーサーは誰よりも、王子様の素質を持ってると思う」

 「……お前は、俺が王子にふさわしいと思っているのか?」

 「逆に聞きたいよ。カンペネットの方が向いてるって、本気で思ってる?」


 佐和の軽口に、やっとアーサーが微笑んだ。

 初めて会う。王子でも、ケイと偽名を名乗っていた時の姿でもない。『アーサー』の笑顔だった。


 「でも……俺にはできない。俺は……父上には逆らえない」

 「別に。面と向かって反抗する事ないじゃん」

 「は!?」


 佐和の突拍子もない提案に、アーサーが思いっきり声を荒立てた。


 「わざわざ面と向かって『お前は間違ってる』なんて言ったら、プライドの高い人間は益々意固地になるよ。だから、裏でこっそりコントロールすればいいじゃん。要は使い分けでしょ」

 「……お前ってやつは……」

 「なんで?世渡りの必須スキルだよ。私の世界だって、本音と建て前は使い分けるよ」

 「……ったく。お前は……」


 アーサーは自分の髪を掻きあげて、佐和を見ながら苦笑した。

 その顔にさっきまでの陰鬱さはもう見当たらない。


 「……もう一回だけ、聞かせてくれ。サワ。お前は俺がこの国の王にふさわしいと思うか?……向いていると思うのか?」


 佐和は胸の中で、自分の答えを確かめた。


 「そんなのわかんない。だって、アーサーはまだ王様じゃないもん。私、王様とかリーダーっていうのは、もちろん素質もあるけど、何より『そうあろう』とする姿勢が一番大切なんだと思う。たくさん周りの人から『王様』『王様』って呼ばれて、周りの気持ちに真摯に答えようと努力し続ける人が、一番ふさわしい人だって思うんだ」


 どこだってそうだ。例えば部長とか委員長とかも。最低限の向き不向きはもちろんあるけれども、なによりも大切なのは周りの人にリーダーとして信頼されることだ。

 信頼されるように努力して、その努力が認められて誰よりもリーダーと親しみをこめて呼ばれた回数の多さが、その人をよりリーダーらしくし、よりリーダーらしくあろうとして弛まない努力をする人間が最もふさわしいリーダーなのだと思う。


 「それに……私がこの国に来て、この国の人の事を一番考えてる人だなって思ったのはアーサーだった。それは充分、向いてるって事なんだと思う。少なくとも私と―――マーリンもきっとそう思ってる」


 そうでなければきっと、マーリンはアーサーの元を去るつもりだったに違いない。

 でも、アーサーは常に正しく『リーダー』としてあろうとした。それを見ていたマーリンは、その姿を認めた。だから、アーサーにできないことをやろうとしたんだ。


 「……なんだ、それ。お前、おかしい屁理屈持ってるな」

 「そう?」

 「……本当に、俺にやれるだろうか」


 アーサーは立ち上がると、机の背後にあった窓から城下町に目をやった。

 ケイの家にある崖よりはきっと、汚い景色だけど、そこには小さな民家の灯りが灯っている。


 「一人じゃ無理でしょ。でも、マーリンがいるよ」

 「お前は入らないのか。責任逃れめ。本当に賢しい女だな」


 アーサーの軽口に佐和はほくそ笑むふりをした。表情を見たまま受け取ったアーサーは苦笑している。

 本心では協力してあげたい。

 でも、佐和はこの世界の人間ではないし、最後まで責任を持って関わることができるとは思えない。だから、深入りすることはできない。

 本当はどれだけそれを心から望んでいても私は結局、脇役なのだから。




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