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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 王の素質
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***



 この国が国として成り立つ前、この大陸は海の向こうのモーラという大国に支配されていた。モーラ大国はこの大陸を征服し、支配していたが、やがて別の国と戦争を起こし、この大陸を支配し続ける余裕がなくなって行った。

 結果、この大陸は中途半端に発展した状態で放置されることになった。そして起こったのが今度は誰が、この大陸を支配するかという争いだった。

 その中で一人、抜き出た実力を持つ兄弟がいた。それがアレリウス、ウーサー、ボーディガンの三兄弟だった。

 この三人は勇気と力と知恵で諸侯をうち倒し、大陸を平定した。そして初代キャメロットの王には長男だったアレリウスが着いた。それまでは何もかもが順調だった。

 しかし、アレリウスは玉座に着いて間もなく、毒殺された。そしてまた大陸は支配権をめぐって争い始めた。

 ところが、その争いが始まった途端、異民族がこの大陸に攻めてきた。その異民族の横行は日に日に残虐さを増し、諸侯は頭を抱えた。

 このままでは全員滅んでしまうと考えた諸侯は、話し合いによって、国の代表を決めることにした。そして選ばれたのが三兄弟の末っ子―――ボーディガン卿だった。しかし、ボーディガン卿は失策を犯し、代わりにウーサーが代表となる。

 ウーサーは諸侯を率いて異民族と戦い、勝利した。そしてそのまま玉座に着いた。

誰もが認めざるを得ない王だった。自分たちの土地を、民を守ったのは他でもないウーサーだったからだ。

 皆が納得していた。そして、その就任を祝うパーティーが悲劇のきっかけだった。

 祝宴が開かれた夜、ウーサーの元にはたくさんの諸侯がはせ参じていた。その中にコーンウォールという土地を治めているゴルロイスという男がいた。この男はウーサー王に並ぶ英傑で、ウーサーとは盟友だった。

 ゴルロイスはその祝宴で、ウーサーの就任を心から祝い、そしてその場で自分の妻をウーサーに紹介した。それが――――イグレーヌだった。


「……どういう事?ケイ。イグレーヌ様は王妃でしょ?」

「……そうだ。今は、な。それが悲劇の結末なんだ。初めてイグレーヌ様を見たウーサー王は……一目で恋に落ちた。そして……無理矢理イグレーヌ様を后にしたんだ。イグレーヌ様への恋慕を募らせたウーサー王の執着はすさまじかったらしい」


 イグレーヌに恋い焦がれたウーサー王は当時、ウーサーに仕えていた魔術師にイグレーヌを后にするように命じた。

 魔術師はウーサー王の望みを叶え、魔術によってイグレーヌを后にした。そして、ウーサー王はイグレーヌの夫であったゴルロイス公を亡き者にした。

 だが、話はそこで終わらなかった。

 怒り狂ったゴルロイスの家臣が、別の魔術師を雇い、ウーサー王の暗殺を依頼したのだ。


「ここからは、聞いたことがあるんじゃないのか?」

「……魔術師の呪はウーサー王からそれて、イグレーヌ王妃にかかり、それに激怒したウーサー王は魔術師の徹底的殲滅に乗り出した」

「マーリンの言う通りだ」

「それって……最低じゃん!最初は魔術師を利用して自分の望みを叶えてもらったのに、手のひら返したって事?」

「サワの言う事も最もだが、実は、話には続きがあってな……イグレーヌ王妃の呪。一体どういう呪なのか。それだけ伝わってないのを、不思議に思った事はなかったか?」


 言われてみれば、イグレーヌが呪われたという話はあちこちで聞くものの、実際にどんな被害にあったのかは全く語られていない。

 それに保護施設で見たイグレーヌは浮世離れして綺麗だったが、不健康そうには見えなかった。でも、実際アーサーとは時々しか面会できず、塔にいたイグレーヌはベッドの上だった。


「……どんな呪だったんだ?」

「不老の呪」


 短いケイの答えに部屋が静まり返った。


「マーリン達はイグレーヌ様に会った事は?」


 佐和とマーリンは同時に頷いた。

保護施設での事は言えないが、アーサーの面会でも会っているので、堂々と頷ける。


「おかしいと思わなかったか?イグレーヌ様の見た目。俺たちと同じか、もしくは俺たちより、むしろ若く見えただろ?」


 そうだ。言われてみればおかしい。アーサーを産んでいるなら最低でも30歳は超えているはずだ。たとえこの世界の女性の出産が早かったとしても、佐和たちと同い年ぐらいというのはありえない事だ。


「あれは……美人だからじゃ、ないって事……?」

「イグレーヌ王妃の時間は、あの日……魔術師に呪われた日から止まってるんだ。イグレーヌ様は、年を取らない」

「そんな事が……あったのか」

「それだけじゃない。イグレーヌ様はあの日から、物を食べることも、味を感じることも、温度を感じる事もなくなったらしい。いわゆる『感覚』が全て死に絶えた状態らしいんだ。年だけじゃない。身体も変化を感じなくなったんだ。だから、アーサーに乳を与えることもできない。本人が栄養を取れないからな。出なかったんだ。そこでアーサーは城から出されて、エクター家に預けられた」

「待って。それなら、アーサーが預けられたことには納得がいくけど、どうしてそれが異常なまでの魔術師の弾圧に繋がるの?自分の奥さんを傷つけられたのが原因だとしても、そもそもウーサーも最初は魔術師に頼ったんでしょ?それなのに……」

「呪われたイグレーヌ様は気がおかしくなってしまった。最初は……それは、かなり取り乱したらしい。それで、これは伝聞だが、イグレーヌ様は、ある日見舞いに来たウーサー王にこう言ったんだ。『あなたのせいだ』と。それからウーサー王は異常なまでに魔術師を差別するようになった」


 それはつまり……。


「……責任転嫁、か」


 マーリンの出した結論に、ケイは呆れた顔で両手を挙げて肩をすくめた。正解と顔が語っている。


「全ては人の心を惑わし、不幸な道に導く。魔術は、そして魔術師はこの世には存在してはならぬ者。それがウーサー王の言い分だ」

「……あいつが『魔法で生まれた』と言ってた理由は分かった。でも、それがどうしてウーサー王の言うことに逆らえないことに繋がるんだ?」

「元々、陛下はかなりプライドの高い方だ。自分に意見される事を好まない。そこにさらにゴルロイス公を殺し、イグレーヌ様を無理矢理我が物にした事で、完全に諸侯の気持ちは王から離れた。今、城に残っているのは古参の騎士と、次の玉座を狙うような権力の亡者だけだ。そこに、今まで城から離れていたアーサーが騎士になって帰ってきたら、どう思う?」


 それは……そんな権力に取りつかれた人間にとっては、アーサーは邪魔者以外の何物でもない。


「まさに目の上のたんこぶ。今まで自分たちが我慢して、ウーサー王に媚び打って、玉座に最も近い位置にいると思っていたら、いきなり正統後継者の登場だ。面白く無いに決まってる。しかも、アーサーは奴らから見ても完璧な騎士だった。武芸でも学問でも、アーサーを貶めることは難しい。そこで奴らは口をそろえて同じ事で攻撃したんだ」

「……なんて言ったんだ?」

「魔法で生まれた王子が、正しく国を治められるわけがない」


 後ろから思い切り殴られたみたいに、頭がしびれた。

 ケイの話で、アーサーがどれだけ希望と決意を持って、城に戻ったかもう、佐和たちは知ってしまっている。そんな少年にこんな言葉が投げつけられたのだとしたら。自分ではどうしようもないことで王子としての存在を否定されたら。そもそも自分は望まれて生まれてきた子どもではなかったと、知ってしまったら。

 アーサーの絶望は計り知れない。


「さらに貴族連中はそれをアーサーに直接言わず、陰口でそれとなく伝わるようにした。それだけじゃない。連中は同じことをウーサー王に言ったんだ」

「どういうこと?」


 礼を出した方がわかりやすいな。と呟いたケイは自分の腕を組み直した。


「例えば、数十年前。とある田舎町付近で戦争が起きた。あれは連中の利害が絡んだ争いだった。連中は陛下にそれらしい理由をつけて戦争の正当性を主張していた。けど、アーサーはそれを見抜いて、撤退するように王に進言したんだ」


 それってもしかして……カーマ―ゼンの事?

 話を聞いているマーリンの瞳がかすかに揺れた気がした。その様子には気付かずケイは話し続ける。


「けれど、連中の1人がこう言ったんだ。戦争相手は魔術を駆使していた可能性がある。と。それを庇うということは、やはりアーサーは魔法の申し子なのかと。ウーサーは怒り狂った。そんで、『もし、殿下が本当に公明正大なウーサー王の真の息子ならば、魔術師の肩を持つはずがない』とアーサーに言った。もちろん、アーサーはそれとこれとは話が別だと主張した。でも、何よりウーサー王がアーサーを見る目をその一件で変えてしまった」


 佐和の脳裏にカンペネットの厭らしい顔が浮かんだ。


「いえ、我々と殿下は『違う』と思っただけですよ」


 あの言葉は、アーサーの生まれを揶揄した言葉だったのだ。


「ウーサー王はアーサーが自分の意見を否定すると、それは魔術によって生まれた子だからかと、なじるようになった。アーサーは必死に違うと訴えた。そして、ウーサーが言ったんだ。『本当に余の息子であり、この国の王子であるならば、魔術師の肩など持つはずがない』と。……それ以来、アーサーは異常なまでに魔術師に冷酷になった。魔術師を切った数だけ、父親に認めてもらえる。逆に魔術師に少しでもシンパシーを感じれば、アーサーは存在ごと否定される。アーサーに選択肢はなかった。『王子なら魔術師の味方をするはずがない』『王子ならばそんな決断をするはずがない』そんな言葉で、アーサーの正しい判断は全てねじ伏せられていった」


「魔術師は殺さなければ新たな被害者を生み出す。それだけだ。奴らは生きているだけで、負の連鎖を生み出す」

「アーサー?あいつには言ってない。魔術がらみだと冷静さを欠くからな。できれば知られずに対処したいんだ」

「……そのうちわかるよ」

「城下町の?ほお。さすが殿下。我々とは視点が違いますなあ」

「いえ、我々と殿下は『違う』と思っただけですよ」

「俺が王宮に上がった当初も、アーサーはすっかり人間不信に陥ってたよ。俺のことすら、全く信用してくれなかった。それどころか、俺がアーサーを王子として扱えば扱うほどあいつは苦しそうだった。だから、俺はアーサーの臣下であることを辞めた」

「……アーサーは王子になろうとしたんだよ」


 今まで、アーサーに関わった人たちの言葉が蘇る。

 全部、繋がっていた。アーサーはずっとそんな板挟みにあって苦しんでいたのか。


「俺が王宮へ上がったのはその頃だ。アーサーはすっかり荒んでた。俺が王宮に上がって『殿下』って呼んだ時の顔は忘れられないな……。絶望っていうのはああいうのを言うんだなって思ったよ……。周りからずっと『王子なら』『王子なら』って言われ続けて、自分を押し殺して、そこで俺まであいつのことを『王子』扱いしたら、耐えられなくて当たり前だよな」


 あまりにも胸が痛む話に、佐和は黙った。

 王子として正しくあろうとすればするほど、王子としての素質を非難される。

 アーサーに何か魔術師を恨まざるをえない理由があればいいなんて、思っていた事が恥ずかしい。

 こんな辛い思いなら、していてほしくなかった。


「……話してくれて、ありがとう」


 重い空気をすっとかき分けるように、マーリンの優しい言葉が空気を割った。


「……いや、いいんだ」

「もう一つだけ。聞いてもいいか」

「何だ?」

「どうして、俺たちをそんなあいつの従者にしようと思ったんだ?」


 予想外の質問だったらしく、瞬きを繰り返していたが、やがてケイは自嘲気味に笑った。


「俺は……どうしても立場上、アーサーを王子として扱わない事は、完全にはできない。だから、初めてマーリンと言い合うアーサーを見た時、アーサー自身を見て、アーサーを一人の個人として扱っているマーリンに、アーサーの傍にいてほしいと思ったんだ。何かが変わるかもしれない。そう、期待して」

「……そうか」

「長く話し込んで悪かったな。もう夜だし。早く休め。俺は戻る」


 ケイはそう言うと、さっさと部屋から出て行ってしまった。

 残された佐和は部屋の扉が閉まるのを見届けてから、マーリンに視線を移した。


「マーリン、どうするの……?」


 尋ねられたマーリンに悩んでいる様子はない。ただいつも通りの表情で、ベッドから降りようとしたことに驚いた。


「ちょっと……!マーリン、まだ……」


 完全には回復していない。まだ、安静にしてなきゃいけないのに。

 佐和が慌てて止めようとしてもマーリンは言う事を聞かなかった。


「やりたいことがあるんだ」

「でも、今は……!」

「今じゃなきゃ、手遅れだ」


 力強いマーリンの断言に、佐和はマーリンを抑え込んでいた手を放した。


「マーリン……」

「あいつが立場上、できないなら。俺がやればいい」


 マーリンは立ち上がるとローブを手に取り、羽織った。


「バランを助けに行く」




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