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アーサーはあの後、いくら呼びかけても出てきてはくれなかった。
仕方なく、マーリンの部屋に戻って来た佐和はマーリンをベッドに寝かせて、自分は桶に水を汲みに井戸へ向かった。
マーリン、しんどそうだったな……。
部屋に戻ったマーリンは、張りつめていた糸が切れたように、倒れた。意識はあったものの、息はあがり、無理が祟っている様子だった。
城の裏手にある井戸で水を汲んだ佐和は、城内を歩きながら考えに耽っていた。日が沈み始めたからか、城の通路を歩く人も少ない。ぼんやり考え事をするのを止められなかった。
今まで、アーサーが魔術師と関わってきた出来事を一つずつ思い返してみる。
魔術師にだけ異常な冷酷さを向けるアーサー。
アーサーに向けたカンペネットの厭らしい目つき。
「どうしてアーサーは魔術師にだけああなってしまうのか」と聞いた時のケイの困ったような笑顔。
それらが脳裏に浮かんではすぐに消えていく。
「俺の出生には魔法が深く関わっているんだ。だから、俺は魔法に関する事で、父上のやることに異を唱えることはできない。……これ以上は言えない。王族の機密事項だ」
あれは一体、どういう意味だったのだろう……?
マーリンの部屋までたどり着いた佐和は、扉の前に人が立っていることに気付いた。その人物も佐和に気付いて手を振っている。
「よ、サワ―」
「ケイ?どうしたの?」
扉の前に立っていたケイに佐和は駆け寄った。
「いや、マーリンのお見舞いにな。入っても大丈夫か?」
「もしかしたら寝てるかもしれないけど、どうぞ」
二人でマーリンの部屋に入ると、マーリンは横になっていたものの、目は開けていた。
「よ、マーリン。御手柄だな」
「……ケイか?」
「ああ、起きなくっていいって」
ケイはそう言ったが、マーリンは上半身を起こすと、ケイに向きなおった。
「見舞いに来たけど、体の調子はどうだ?」
「少し楽になった」
確かにさっきよりは顔色が良い。少し寝たからかもしれない。息もあまり上がっていない。
「そっか。そいつは良かった」
椅子に腰かけたケイと話しだすマーリンを横目に、佐和は桶を置いたり、さっきまで使っていたタオルを片付けたりし始めた。
もう少ししたら、マーリンとバリンの代わりに佐和がアーサーの夜の食事を用意しに行かないといけない。
「……ケイ。バランはどうなるんだ?」
マーリンの低い声に、佐和は作業の手を止めた。尋ねられたケイはただそのまま答えた。
「明日、正午。死刑だ」
「……そんな……だって、絶対、無実なのに……」
「なんでサワ―はそう思うんだ?」
「だって……」
ずっと、佐和の中で引っ掛かっていた事がある。
ウーサー王の前では萎縮してしまって、とても言い出せなかったが、バランが犯人だとしたら説明がつかない事があるのだ。
「だって、バランが暗殺の手伝いを意識的にするなら、もっと自分に疑われないやり方をしない?」
ウーサー王の統治は浸透している。魔術による暗殺だとわかれば、必ず関係者全員を処罰するだろう。それなら自分が運んでいたら、どんなに言いつくろっても処罰は免れない。
「ま。そうだろうな。あのガキにそんなことをする知恵も動機もなさそうだしな」
どうやらケイも同意見らしい。ただ、ケイには憤慨した様子も、同情した様子もない。
「ケイ、どうにかならないの?」
「俺?一介の騎士に、そんな権限はないよ。ウーサー王の決定は絶対だ。覆せる可能性があるとしたら……同じ王家の人間ぐらいだ」
ありえない事だけどな。と付け足したケイの様子を見ていたマーリンが口を開いた。
「……ケイ。教えてくれ。どうしてアーサーは魔法に関して、意見することが許されない。あいつは『自分が魔法で生まれた』と言っていた。それはどう言う事なんだ?だから、陛下には意見できないって、どうしてあいつは正しいとわかってることも、黙らざるをえない状況にいるんだ」
「……それ、アーサーから聞いたのか?」
驚いたケイの声が真剣になった。
マーリンの言葉の意図を図ろうと、ケイが真っ直ぐマーリンを見つめる。頷いたマーリンを見ていたケイは、姿勢を正すと、佐和の事を手招きした。
「……ホントは口止めされてるんだけどな……アーサーが自分からお前らに話したなら……サワも座ってくれ。……長い話になる」
ケイは自分の座っていた椅子に佐和を座らせると、自分は佐和達の前の壁に寄り掛かった。
「当時の関係者には箝口令が布かれている。俺も城に来て、色々と情報を集めて知った話だから全部が正しいとは限らない。けど、アーサーに尋ねたら絶対に誰にも言うなと言われた。だから、おそらくこれは真実だ。でも、お前らにアーサー自身が話したというなら……話そう。23年前、この国で起きた悲劇を」
アーサーの出生の秘密を話すためには、まずこの国の成り立ちから説明しないとな。と言ってケイは語りだした。