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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 呪われた愛しいプレゼント
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page.79

       ***



 黙ったまま私室に戻ってきたアーサーは、乱雑に自分の上着を脱ぎ始めた。


「殿下、お洋服が」

「五月蠅い」


 佐和の制止も聞かず、アーサーは今日のために下ろしていたジャケットをぐちゃぐちゃにすると、机の上に投げ捨てた。シャツの首元も引きちぎるように、ボタンを外す。


「ご苦労だった。よく休め」


 アーサーは硬い声で佐和達をねぎらっているが、こちらを一度も見ようとはしない。背を向けたまま、腰の剣を外していく。


「……殿下、自分は納得できません」


 マーリンの荒い息で出される抗議の言葉に、アーサーの動きが一瞬だけ止まった。しかし、すぐに装備を外す作業に戻る。


「どう見ても、バランは無実です。無実の罪で、あんな小さい子を殺すなんて、おかしいと思います」


 マーリン……。

 マーリンの顔を汗が流れていく。立っているだけでもしんどいはずなのに、見上げたその目は力強かった。


「殿下も、そう考えてるんでしょう?だから、陛下に意見したんじゃないんですか?どうして、あそこで諦めるんですか!?」

「五月蠅い!!お前に何がわかる!!」


 腰から外した剣をアーサーが机に乱暴に投げつけた。大きな音に佐和は身をすくめるがマーリンは真っ直ぐアーサーを見つめたままだ。


「父上の……陛下の決定は絶対だ!!意見することは許されない!!」

「許されないと思ってるだけで、それは、間違ってるって思ってるって事じゃないですか!!どうしてそれをそのままにしておけるんですか!!魔法が絡んだら、無実の子どもを殺すのも仕方ないことなんですか!!」

「そうは言ってない!!」

「なら、どうしてバランを助けないんだ!?」

「五月蠅い!できないんだ!!俺は間違ったんだ!!あんな事言うべきじゃなかった!!」


 叫んだアーサーはマーリンの胸倉を掴むと、壁に押し付けた。


「アーサー!止めて!!マーリンは病人です!!」


 アーサーの背中のシャツを掴む。それでも男の人の身体はびくともしない。佐和の悲鳴は全く届かない。至近距離でお互い睨みつけ合っている。


「言うべきじゃなかっただって?なんで、そんな事思うんだ!」


 負けじと、マーリンもアーサーの胸倉を掴み上げた。


「今までもそうだったのか!王が黒と言ったら白の人間も見殺しにしてきたのか!?それでよく王子だなんて名乗れるな!無実の罪で死んだ人間の……その人間を大切に思ってて、残されたやつの気持ちなんて考えたことあるのか!?」


 マーリンの言葉で、アーサーのシャツを握る佐和の手が緩んだ。

 それは他の誰の事でもない……マーリンの事だ。

 王家の判断と基準で、家族を奪われたマーリンの心の叫びだった。


「俺は魔術師だとされて村人に殺されかけた!それを助けるために俺の育ての親は魔術師だと名乗って俺の身代わりに殺されたんだ!疑われた原因になった疫病は食糧不足のせいだ!王家が無理矢理やった戦争のせいで起きたな!そんな事がなければ、先生が魔女だと汚名を受けて死ぬこともなかったかもしれない!」


 マーリンの過去を聞いたアーサーの瞳が、一瞬揺れたのを佐和は見逃さなかった。

 マーリンの襟首を掴む手から力が抜ける。


「今度も……見殺しにするのか!なんの罪もない子どもを!間違ってるとわかってて!もし、そうならお前なんか、王様になるべきじゃない!!お前は、王子失格だ!!」


 最後の言葉を聞いた途端、アーサーの顔が猛り狂った。弱めていた手に力を籠め、マーリンの襟首を締め上げる。


「そんな事は知っている!!」


 逆上したアーサーがマーリンを壁に押し付ける。マーリンも押し返し、お互い力の限り組み合った。


「そうだ!!俺は王子として失格なんだ!!お前なんかに言われなくても俺自身が一番わかっているんだ!!」


 え……?

 アーサーの思いがけない発言に、佐和だけでなくマーリンも面を食らっていた。アーサーのマーリンを締め上げる手にさらに力が込もる。


「だからこそ、俺は父上の判断に異を唱えることはできないんだ!わかったか!!」


 アーサーは乱暴にマーリンから手を離すと、机に腰掛けた。肘を足におき、手を結ぶとうつむき、うなだれた。予想外の事態にマーリンは呆然としながらも、数歩だけアーサーに歩み寄る。


「……どういうこと……なんだ」


 マーリンの質問に、今度はアーサーは怒らなかった。ただ、力なくマーリンを一度ちらりと見ると自分の足先を見つめた。


「……俺が王子として失格なのは、生まれた時から決まっていた事だ。お前に言われるまでもない。昔から言われてきた事だ」

「……殿下?」

「……お前の出身はカーマ―ゼンだったな。……済まなかった…………。謝って済む事じゃないが、お前の言った通りだ。その時も……俺はあの村を見殺しにした」


 衝撃の発言に、佐和は慌ててマーリンの様子を伺った。てっきり殴り掛かるかと思ったが、マーリンは静かにアーサーを見つめるだけで、何もしない。


「……もし、本当に申し訳ないと思ってるのなら、教えてくれ。どうして、ウーサー王の言う事に、逆らえないんだ」


 張りつめた空気の中、アーサーがマーリンを見上げる。少し考え込んだアーサーは淡々と語りだした。


「……俺が魔法で生まれた子どもだからだ」

「……え?」


 アーサーが魔法で生まれた?


「……それは…………ありえない……魔法で人間を造るなんて……」

「そうじゃない。俺はれっきとした人間だ。でも、俺の出生には魔法が深く関わっているんだ。だから、俺は魔法に関する事で、父上のやることに異を唱えることはできない。……これ以上は言えない。王族の機密事項だ。……悪かった。…………バランの事は諦めてくれ」


 それだけ言ったアーサーは、隣の寝室に消えて行った。




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