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しばらくして、ほんの少しだけマーリンの容体が落ち着いた頃、アーサーが部屋に戻ってきた。
「……殿下」
「そのままで良い。横になっていろ」
起き上がろうとしたマーリンを、アーサーが手で制した。
それでも、アーサーの前で横にはなっていられないのか、マーリンが上半身を起こそうとしたので佐和が手助けする。
「具合はどうだ」
「大丈夫です」
マーリンの返事にアーサーがバツが悪そうに顔をしかめた。
マーリンから目をそらし、あっちこっちに視線を彷徨わし、「あー」とか「その」と唸っている。
「……マーリン。すまなかった」
まさかの謝罪に佐和は目を剥いた。
あの、アーサーが謝った!?
「殿下……」
「お前の言う事に……耳を傾けるべきだった。それに、お前が庇わなければ……呪われていたのは俺だ」
「え?」
魔術の矛先はイグレーヌに対して向けられたのではなかったのだろうか。
「あの時、床に倒れ込んだ際、呪われたリボンが蛇になったのを俺は見た。その蛇が俺に狙いを定めていたのも気付いた。あれが噛みついてきた時、お前が手を伸ばして、俺を庇ってくれなければ、噛まれていたのは俺だ」
どうやら、発動はイグレーヌが必要だったが、誰を狙うかまでは組み込まれていない魔術だったらしい。
もし、アーサーが噛まれていたら、確実にもうアーサーはこの世にいない。
「お前に救われた。礼を言う」
「……殿下」
「それで……悪いんだが。陛下がお前から直接話を聞きたいとおっしゃっている。出られるか?」
「何言ってるんですか!?相手は重病人ですよ!!」
しかも、普通の人なら死んでいるような!
マーリンを庇って立ち上がった佐和に、アーサーも申し訳なさそうに目を伏せた。
「……わかっている」
「わかってるなら、なんで……!」
「サワ」
佐和が抗議を続けようとしたのを、マーリンが引き止めた。
「大丈夫です。行きます。殿下」
「マーリン!!」
「……悪い」
悪いのはアーサーじゃないとわかっていても、苛立ちは隠せない。
アーサーとイグレーヌを助けて、こんな状態になったマーリンを呼びつけるなんて……。
佐和の中で、ウーサー王の株が大暴落していく。
王様だからといって、何をしても許されるわけじゃない。むしろ、アーサーを助けたマーリンを気遣うべき立場なのに。どうしてそんな事も考えられないのか。
ベッドから立ち上がろうとしたマーリンを佐和は横から支えた。反対側をバリンが支えてくれる。
「私も行きます。殿下」
こんな状態のマーリンを放っては置けない。
「……ああ」
アーサーは反対しなかった。
マーリンの速度に合わせてゆっくりと歩き出す。
魔術師を憎み、魔術師のみに圧政を敷く冷酷な王。
一度見かけたけれど、今度は違う。マーリンは直接、ウーサーと言葉を交わすことになる。
自分の両親と親友を、間接的に死に追いやった原因の人物と、こんな状態で。
何かができるわけではないけれど、側にいることだけは佐和でもできる。
ぐっと佐和は力を込めて、マーリンを支えて歩いた。