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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 呪われた愛しいプレゼント
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      ***



「マーリン、入るね」


 もちろん、ノックに返事はない。

 音を立てないように扉を開けて、佐和は部屋に滑り込んだ。

 佐和と同じで、侍女や侍従に与えられる小さな部屋にあるのは、備え付けのベッドと机、衣裳棚だけ。木造の簡素なベッドの上で、マーリンが苦しげな表情を浮かべて寝ていた。

 机用の椅子をベッドの横に移動させ、佐和はマーリンの枕元に腰掛けた。

 寝ているマーリンの額には玉のような汗が浮かんでいる。

 ……苦しそう。

 額に載せられていた濡れタオルを取って、汲んで来た水桶に浸して絞る。タオルで顔の汗を拭きとってあげても、マーリンが苦しそうなのは変わらない。

 マーリン……。

 佐和は誰も部屋に来る気配がないことを確認してから意を決して、マーリンのローブの懐に手を突っ込み、ポケットから小さい状態の杖を取り出した。


「教えて、マーリンは大丈夫なの?」

『すぐに我に頼る女だな』


 頭の中に響いてきた呆れ声に、佐和は胃がむかむかする感覚に陥った。


「私だって、あんたなんか頼りたくない。でも、そんなプライド、マーリンの命のためだったら犬にでも食わせるよ」

『相変わらず勇ましい女だ』

「教えて。どうすればマーリンは治るの?」

『……安心しろ。数日もすれば元通りになる。本来、普通の人間がこの呪を受ければ死に至るが、この者は創世の魔術師だ。才能が違う』


 杖の言葉に、佐和は怒らせていた肩から力を抜いた。

 良かった……マーリン、大丈夫なんだ……。

 一気に体から力が抜ける。安心したせいで、うまく動けない。


「良かった……マーリン。無事で……ホントに良かった……」

「……サ、ワ…………?」

「マーリン!気が付いた!?」

「ここ……は?」


 マーリンの視線はまだ定まっていない。熱に浮かされているのだろう。


「マーリンの部屋だよ。運ばれてきたの」

「そっか……俺……!!」


 突然跳ね起きたマーリンに驚いて、佐和は慌ててマーリンを押さえつけた。


「マーリン!落ち着いて!!」

「どうなったんだ!?アーサーは?」

「マーリンのおかげで、アーサーは無事だよ」

「……そうか」


 佐和がそっと肩を押すと、マーリンは素直にベッドに戻った。

 苦しそうにうめいて、左腕を押さえている。


「痛む?」

「……大丈夫」


 絶対、大丈夫じゃない。

 顔色が真っ青だし、声も弱々しく掠れている。さっき拭いたばかりなのに、もう額に汗をびっしりかいていた。

 佐和は手に持っていたタオルをもう一度濡らしてマーリンの顔を拭き始めた。

 少し驚いたようだが、気持ちいいのか、少し楽になったように溜息をついて、佐和にされるがままにしている。


「気持ちいい?」

「……うん」


 これぐらいしか佐和にはできない。

 何度も何度もタオルを濡らしてマーリンの汗をぬぐう。拭いている途中で、ふとした拍子に触れるマーリンの肌は熱い。毒の熱のせいかもしれない。


「サワの手…………」

「え?なあに?」

「サワの手……冷たくて、気持ちいい」

「そう?」


 ずっとタオルの水を絞ったりしているせいもあるが、言われてみれば元々冷え性気味なので手足の先は人より冷たい方だ。


「確かにそうかも。こうしたら気持ちいい?」


 佐和はタオルを傍らに置いて、手をマーリンのおでこと首に当てた。

 やっぱり……すごく、熱い。これ、辛いだろうな……。

 少し驚いたようだが、佐和の冷たい手が気持ちいいのか、マーリンはまどろむように目を閉じかけている。


「きもち……いい……でも、サワに……迷惑は……」

「何言ってるの?こんな時にそんな事、考えなくていいの。病人は素直に甘えていいんだから」

「…………昔、同じ事を言われた事が……ある」


 ぽつりぽつりと語りだしたマーリンの話に佐和は耳を傾けた。


「昔、風邪で高熱を出した事が一度だけあって……院長先生に同じ事を言われた……」

「……そうなの?」

「……うん。その時は……苦しいはずなのに、嬉しかった。しばらくは……熱が、またでないかなって……思った……」


 その気持ちなら佐和もわかる。

 苦しいけれど、風邪なんかをひいた時、お母さんが海音よりも、自分をちやほやしてくれて、優しくしてくれるのは居心地が良かったし、すごく安心した。いつもは海音と半分この母親の関心を一身に受けるのは悪い気持ちはしない。ちょっと特別な行事だ。


「でも……先生は……死んで……もう、誰も……こんな風にしてくれるとは……思わなかった」

「マーリン……」


 そこまで語ったマーリンは右腕で顔を覆うと、小さく唸った。


「……悪い。忘れてくれ。かっこ悪い。アーサーの事も、ちゃんと助けられなかったし」

「……そんな事、ないよ」


 悩むことしかできなかった佐和と違って、マーリンは一気に動いた。

 それは純粋にすごいことだと思う。

 思慮が浅いとか、そういうことじゃない。誰かが倒れたり、危機に陥った時、即座に救いに飛び込めるのは一種の才能だ。

 出来事の中心に飛び込んでいく度胸と、勇気。―――脇役の佐和には無い、才能。

 飛び出して行ったマーリンの姿は目が眩むくらいまぶしかった。


「―――かっこよかったよ」


 マーリンは何も言わなった。桶で手を冷やして、今度はさっきとは反対側の首と頬に手を当ててあげた。

 熱が上がったのか、マーリンの肌はさっきよりも熱かった。




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