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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 呪われた愛しいプレゼント
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page.75

      ***



「マーリンの容体はどうだ?ボードウィン」

「症状は毒蛇に噛まれた際と酷似しています。しかし、蛇の解毒剤というのはその個体からしか生成できませんので、これ以上は手の施しようがありません」


 倒れたマーリンはマーリン自身の私室に運ばれた。

 マーリンを診察してくれたのは、城下町の巡回でアーサーとは別の班を指揮していたボードウィン卿だ。ウーサー王の騎士でもあり、医学にも秀でている彼の診察結果にその場にいた全員が言葉を失った。


「そして恐らく、これは単なる毒ではありません」

「……魔法か」


 アーサーは壁にもたれかかり腕を組んで難しい顔をしている。アーサーの指摘にボードウィン卿は「はい」と短く頷いた。


「こちらをご覧ください」


 ボードウィンは懐から小さな木箱を取り出すと、佐和たちの前に差し出した。

 ボードウィンが開いて見せた箱の中に、花束を包んでいた真紅のリボンが置かれていた。


「おそらく、これに共感魔術をかけていたのでしょう」

「共感……魔術ってなんですか?」


 今まで大人しく事の成り行きを見守っていたバリンが初めて口を挟んだ。

 普通の貴族なら侍従の勝手な発言にはしかめっ面をするが、ボードウィンはそういったことは気にならないようで、淡々と説明を続ける。


「魔術師が使う魔術の一種で、似たような『媒介』を使用して行使される魔術の事です。この場合、おそらくリボンを蛇に見立て、実際の蛇の毒を使用して呪をかけたものと思われます」

「……やけに詳しいな」

「陛下の敵の事です。陛下ご自身は魔術を忌んでおりますが、殿下。彼を知り己を知れば百選危うからずと申します。敵の事を知るのは陛下に仕える身として必要と判断し、学んでおりました。現在はそれも禁止されているため、私の知識は古い物ですが」


 ボードウィンの言う事に間違いはない。

 佐和が保護施設で習った事と一致している。ただ、そうすると、不可思議な事が一つだけある。


「……そうなると、あの場にいた者の中に魔術師がいた。と、いう事か?」


 アーサーの推論に佐和は内心、冷や汗をかいた。

 もし、ここでマーリンと佐和に魔法との関係があるとばれれば、犯人に仕立て上げられる可能性がある。


「殿下、あの場で何か呪文のような物をお聞きになりましたか?」

「……いいや。あの場にいたこいつらには発言を許していなかったし。話していたのは私と母上だけだ」

「それならば、その場にいる者が犯人とは限りません。何か発動の条件を魔術に組み込んでいた可能性もあります」

「でも、どうして。突然呪が発動したのでしょうか?花はバランが持ってくるときも、陛下が持ち歩いている時も、何も起こりませんでした」


 バリンの疑問はまさに佐和も不思議に思っている事だった。

 アーサーを狙うなら、城内を歩いていた時の方が確実だったはずだ。


「私にもそれはわかりません」

「今、これに触るとマーリンと同じようになるのか?」

「いえ。先程、部下に囚人で試すよう命じましたが、何も起こらなかったそうです。しかし、念のため、殿下はお触りにならぬようお願いいたします」


 アーサーが指さしていたリボンを見ていた佐和は、一つの思いつきに至った。

 しかし、この空気の中で発言するのは気が引ける。

 間違っている可能性もあるし……。


「おい、サワ」

「え!?あ、はい!!」

「何か、お前もあの部屋にいて気付いた事はないか?」

「え……?」


 まさか、アーサーが佐和に意見を求めるとは思わなくて、間抜けな声が出た。

 佐和の意見など、聞く価値もないと思っているものだとばかり。


「何か気付いたなら、言え」


 心の中で少し葛藤があったが、間違っていても、もしかしたら何か他の人の思考の手助けになる可能性も捨てきれない。

 それに、アーサーは目の前の出来事を解決するために身分関係なく意見を求めている。それに応えたかった。


「……ボードウィン卿。もし、リボンに異変があったら、すぐ蓋を閉じてください」


 覚悟を決めた佐和は、ボードウィンの持っていた箱に慎重に手を伸ばした。予測が合っていた場合、下手をすると佐和も怪我をしかねない。

 佐和の手が、リボンに触れるか触れないかという距離に到達した瞬間、リボンが突然うねり出し、真紅の蛇へと姿を変えた。


「ボードウィン卿!!」


 びっくりして佐和が手を引っ込めるのと、ボードウィンが慌てて箱を閉じるのはほぼ同時だった。

 予想していたとはいえ、心臓がまだバクバクしている。


「や、やっぱし……」

「どういうことだ?サワ」

「たぶん……ですけど、これ女性にだけ反応するんじゃないでしょうか?」


 バランにもアーサーにも反応しなかった魔術が発動したのは、イグレーヌが花束を受け取ろうとした瞬間だ。

 それにアーサーたちには言えないが、共感魔術の媒介としてリボンを使ったのは蛇に形状が似ているからだけではなく、リボンという女性を連想するもので、女性にのみ発動するという条件を整えた可能性がある。


「……なるほど。一理ありますね。しかし、そうなりますと」

「……狙われたのは…………母上か」


 顎に手を当てて考えていたアーサーは厳しい顔つきになると、真っ直ぐ立ち上がった。


「俺は今から陛下に報告に行く。目撃者としてバリン、お前が付いて来い」

「あ、はい!殿下!」

「それから、ボードウィンも付いて来てくれ。マーリンの具体的な症状を父上に報告してほしい」

「かしこまりました」

「サワ」

「はい!」

「お前はマーリンの看病だ。俺は他にも城の警備体制の確認や、犯人の追及、母上の安全確保もある」

「……わかりました」


 てきぱきと指示を出すアーサーはすごい。けれど、その姿に佐和は小さな不満を抱いた。

 マーリンは、アーサーを死ぬ気で助けたのに、アーサーはマーリンのことなど構わずに事態の収拾に乗り出している。王子としてリーダーシップを取らなければならないのは理解できるが、それにしても冷たすぎる。

 もしかしたら……このまま、マーリンは死んじゃうのかもしれないのに……。

 きびきびと遠ざかって行く背中を、佐和は恨みをこめて睨みつけた。




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