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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 呪われた愛しいプレゼント
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page.74

       ***



「いいか、くれぐれも。粗相をするなよ」


 アーサーが向かったのは城内でも、アーサーの私室とは真反対にある離れの塔だった。

 塔に近づくにつれて、廊下を歩く貴族や使用人の数が減り、逆に兵の数が目立つようになっていく。物々しい雰囲気の中を四人は連れだって歩いていた。


「お前らは決して口を開くな。いいな」

「はい、殿下」


 良い返事をしたバリンとは対照的に、マーリンは黙ったままだ。

 怒っているようにも見えるけれど、これはたぶんアーサーの事を心配して、気を張り詰めていると言った方が正しい気がする。

 恋人、に会いに行くんだよね……?同じ王宮内にいるってこと?

 もし、本当にあの花束に嫌な魔法がかけられているなら、犠牲になるのはその人かもしれない。

 だが、アーサーからあれを取り上げるのは佐和では絶対に無理だ。

 でも、もし何か起きて、マーリンが魔法を使ってアーサーを助けたら、マーリンが殺されちゃう……。

 八方ふさがりの状況に、佐和ができることは、せめて何も起こらないように祈る事だけだ。

 離れの塔の三階に着いた途端、廊に幾人もの兵士が立ち並んでいた。

その仰々しさに度肝を抜かれた佐和だが、アーサーも緊張しているようだった。

 こんな厳重な警備の先にいる人物って……一体……?

 大きな扉の前に立っていた兵士が、アーサーに気付くと一礼をした。それを見た他の兵士も扉の前からどき始める。


「お待ちしておりました殿下。本日の面会時間は、20分です」

「ああ……」


 面会?

 兵士が扉を開く。一歩踏み出したアーサーに続いて、バリン、マーリン、佐和も部屋に足を踏み入れる。

 あ、風が吹いてる。

 前からそよ風が吹いてくる。部屋の中の小窓が開いていて、そこから優しい光と風が漏れてきていた。


「久しぶりですね、アーサー」


「あ」と声を出さないようにするのが、大変だった。

 光を受けてベッドからこちらを見ていたのはイグレーヌだった。

 強制収容所で見た時と何も変わらない。若すぎる顔と体つきに、豊かなシルバーブロンドの髪。鈴が鳴るような声。そして。

 ――――アーサーと同じ、アイスブルーの瞳。


「……お久しぶりです…………母上。御身体の具合はいかがですか?」


 聞いたこともないアーサーの優しい声に、佐和だけでなくマーリンも目を丸くしている。

 まるで割れ物に触れるように、アーサーはベッドの傍らにそっと近寄ると、穏やかな目でイグレーヌを見つめた。


「最近はとても良いのですよ。アーサー、顔をよく見せてください」


 アーサーがそっと近づけた顔を、イグレーヌは両手で包み込むと額をアーサーの額にくっつけた。


「ふふ、益々精悍になりましたね」


 額をくっつけられたアーサーは照れくさそうにしながらも、嬉しそうに目を細めている。

 今まで佐和達といる時とも、ケイといる時とも、王子としている時とも違う。子どもっぽい熱い目。

 そうか……イグレーヌが王妃ってことは……アーサーのお母さん……なんだ……。

 ずっと会いたがっていたのはイグレーヌだったのだ。

 でも、なんかイグレーヌ王妃、前見た時と印象が違う……。

 以前、魔術師の保護施設で演説をしていた時と違い、イグレーヌの顔に覇気はない。確かにあの時から浮世離れした雰囲気は持っていたが、今はもっと儚い印象だ。

 上半身は起こしているものの、ベッドから降りようとはしないし、着ている服も、人に見せられるようにつくられた部屋着のようなあまり飾り気のない服を着ている。

 それにアーサーを見る目は、単なる女性ではなく母親のそれだ。

 見た目は全く一緒なのに、同一人物にはどうしても佐和には思えない。

 っていうか!イグレーヌ王妃!私とマーリンに気付いちゃうんじゃ!?あ、でも、王妃様は反魔術師ってわけじゃないから大丈夫なのかな?

 マーリンに耳打ちしようにも、しゃべることを禁じられているのでできない。

 幸い今の所、イグレーヌがこちらに気付く素振りはない。王族や貴族は侍従の顔など気にしない人ばかりだ。もしかしたらイグレーヌも王宮にいる時にはそうなのかもしれなかった。


「母上、実は今日は贈り物を持って参りました」


 アーサーは用意していた花束をイグレーヌに差し出した。その華やかさにイグレーヌが嬉しそうに頬を染める。


「綺麗ですね……ありがとう。アーサー」


 本当に嬉しそうにイグレーヌの感謝の言葉を受け取ったアーサーが、イグレーヌの手に花束を渡そうとしたその時、花束を束ねていた真紅のリボンにどす黒い染みが付いていることに佐和は気付いた。

 何、あれ……さっきは気付かなかった。

 まるで……血痕みたいな……。

 その染みを見た途端、佐和は冷水をかぶせられたような寒気に襲われた。

 イグレーヌにそれを渡してはいけない。

直感でそう感じた。

 叫びだそうとした佐和は言葉を飲み込んだ。

マーリンと同じで、佐和も理由を聞かれたら答えられない。それどころか、今ここで佐和は発言を許されていない。

 さっきのマーリンとは違って、今は他の兵士の手前もある。今度は厳しい罰則が待っているに違いない。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう……!!

 スローモーションでアーサーの手からイグレーヌに花束が渡ろうとする瞬間が瞼に焼付く。イグレーヌが花束を持とうとした瞬間、佐和の横からマーリンが飛び出すのと、同時にリボンが奇妙に歪んだ。


「殿下!!」

「な!!」

「きゃあああ!!」


 一瞬の出来事に佐和は言葉を失った。

 イグレーヌの手に渡ろうとした花束のリボンがいきなり、蛇のように花束から離れ、イグレーヌの喉元に絡みつこうとしたのを、アーサーが止めようと手を伸ばした。そして、そのアーサーをマーリンが抱きかかえて床に倒れた。


「マーリン!!」


 とっさに我に返った佐和は倒れ込んだマーリンとアーサーに駆け寄る。マーリンに突き飛ばされたアーサーがうめきながら起き上った。


「今のは一体なんだ……おい、マーリン!…………マーリン?」


 アーサーをかばったマーリンが苦しげに床に倒れている。右手で掴んだ左手首に蛇が巻きついたような痣が出来ている。そこから煙が立ち上がり、まるで今、焼き鏝で焼かれているような音がしていた。


「マーリン!しっかりしろ!!マーリン」

「く…………」

「何があったのですか!?殿下!?」


 扉の外にいた兵士が慌ただしく部屋に乱入して来た。全員、非常事態に武器を構えている。


「お前たちは母上を安全な場所へ!!誰か!医者を呼んで来い!!」

「私!水持ってきます!!」


 一見すると、重度の火傷に見える。何もしないよりはマシだ。

 佐和は混乱したまま、イグレーヌの部屋を飛び出した。




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