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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 呪われた愛しいプレゼント
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page.73

 ***



「おい、サワ!今日は一番いい服を用意しとけって言っておいたが、皺も伸ばしてあるだろうな!?」


 買い物から一夜。今日が例の女性に会う日らしく、朝からアーサーは浮足立っていた。


「大丈夫ですよ。殿下、ちゃんと用意してありますから」

「当たり前だ。みっともない恰好では出て行けないからな!」


 鼻歌なんて歌っちゃって……本当にご機嫌だなー。

 衝立の向こうから、佐和の用意した洋服に着替えているアーサーの上機嫌な歌声が聞こえてくる。

よっぽど心待ちにしていたらしい。


 そういえば、あの本にアーサーの恋人の事って書いてあった気がする……。見て来ればよかったな……。そしたら、このアーサーが伝説のアーサーなのかの検証材料にもなったかもしれないし。


「おい、サワ」


 ああ、でも。そういう意味ではケイが仕えてるっていうのは、ある意味このアーサーが伝説のアーサーの証拠の一つになるのかな?


「サーワー」


 帰ったら見て見よ。今日会う女性がアーサーの恋人と同じ名前かどうか。


「サワ!!おい!!」

「うええ!!はい!!」


 いつの間にか着替え終わっていたらしい。アーサーが憤然と仁王立ちしていた。


「ったく。お前は唐突にぼーとするな。いい加減にしろ。考え事なら夜やれ」

「すみません」

「まあ、いい」


 やっぱり機嫌がいい。いつもならこの後も嫌味が続くはずだ。


「バリン。花束はどうなってる?」


 アーサーの脱ぎ散らかした服を拾って集めていたバリンが、衝立の向こうから顔を出した。


「この後、バランが城に届けに参ります。殿下」

「よし。なら、ちょうど頃合いだな。出かけるぞ」


 部屋の置時計を確認したアーサーは軽い足取りで部屋を出て行った。



 ***



「お。ちょうど届いたみたいだな」


 佐和たちを引きつれて城門までやってきたアーサーの声は軽い。

 アーサーの視線の先に、確かに大きな花束を抱えたバランがこっちに向かって歩いてくる所だった。


「おっきい花束に足が生えて、歩いてるみたいだ……」

「か、かわいい……!!」


 呆れかえったマーリンの横で、佐和は口を押えた。

 小っちゃい子の一生懸命な姿は無条件で可愛い。


「でんか、おはなをおとどけにきました!」

「うむ。よくやった」


 アーサーのねぎらいがよっぽど嬉しかったのか、バランは輝く瞳でバリンを誇らしげに見ている。

顔に「褒めて。褒めて」と大きく書いてあるのが、またとんでもなく可愛い。


「では、でんか。これを」


 バランが差し出した花束はすごく綺麗だった。

白の大きな花がたくさん包まれ、その隙間に小さい濃淡様々なピンクの小花があしらわれている。可愛らしいのに全体はとても上品だ。真っ白なレースの紙とまとめ上げた真紅のリボンがアクセントになっている。


「綺麗ですねぇ……」

「ああ、まさに、あの人にふさわしい……」


 それまで全員、花束の美しさに見惚れていたが、いざアーサーが花束をバランから受け取ろうとした瞬間、マーリンが何かに気付いたように顔色を変えた。


「殿下!!いけません!!」


 アーサーが伸ばした腕をマーリンが強く握りしめた。突然の出来事に全員が動きを止める。


「いきなり、何をするんだ!?マーリン」

「それに触っちゃ駄目です!」

「どうしたの?マーリン?」


 佐和の問いかけにマーリンは言い淀んでいる。

 その様子ですぐに佐和にはピンときた。

たぶん魔法関連だ。


「マーリン、理由を言え」


 腕を掴まれたまま、アーサーが強くマーリンを睨みつける。睨まれたマーリンは、アーサーから目をそらすと小さな声で答えた。


「……すごく、嫌な予感がするんです。その花束から。……触らないでください」

「はあ?どういうことだ?」

「そうです!何を言ってるんですか?マーリン殿、俺の弟が普通に抱えているんですから、何かあるわけないじゃないですか」


 それはその通りだ。

 話がよくわかっていないバランは戸惑ってしまい、アーサーに花束を渡そうとした状態のまま、固まっている。


「……根拠はあるのか?」

「……あり……ません……」


 もしも、佐和の予想が当たりで、マーリンが嫌な魔法を感知しているなら、アーサーに魔法だと伝えることはできない。

 それを伝えれば、アーサーは花束には触れずに済むかもしれないが、どうしてわかったのか聞かれたら、マーリンは言い逃れができない。

 魔術師だとばれれば、確実にマーリンはアーサーに殺される。

 せめてもの抵抗で、マーリンはアーサーの手首を掴んだまま放さない。その様子をアーサーは静かに見つめている。


「……マーリン殿。見損ないました。殿下を敬愛する気持ちは同じだと思っていましたが、俺の弟にこんな不名誉な言いがかりをつけるなんて」

「……違う!俺は……」

「何が違うのですか。俺に勝算がないからといって、弟にケチをつけて!」

「マーリン、最後だ。言いたいことがあるなら、言え」

「…………」


 マーリンは答えることができない。当たり前だ。

 重い沈黙に辺りが包まれていたが、やがてマーリンが掴んでいた手を力なく解いた。


「バラン、ほら、殿下にお渡しするんだ」

「え、ああ。うん。にいちゃん」


 今度こそバランがアーサーに花束を差し出す。

 差し出された花束を見つめたアーサーの伸びる手に全員の視線が注がれた。

 アーサーの手がゆっくりと伸び――――――何事もなく、バランから花束を受け取る。


「……何も起こらないではないですか」


 完全にマーリンを敵認識したバリンの冷たい一言に、マーリンは何も言い返さない。


「ご苦労だったな。バラン。戻るといい」


 花束を抱えたアーサーがバランをねぎらう。困っていた様子のバランがバリンに促されて、お辞儀をして城門から出て行った。


「それから、マーリン」


 アーサーの感情のない声がマーリンに向けられる。

 アーサーはマーリンに背を向けると城へと戻り始めた。


「見損なった」


 歩いていくアーサーに、バリンが付き従う。その背中が少し遠ざかってから、佐和はマーリンの顔を覗き込んだ。


「マーリン、大丈夫?魔法……だったの?」

「……サワは、俺が嘘をついたとは思ってないのか?」

「なんで、そんな事思うの。そんなわけないじゃん」


 どうやらよっぽど堪えたみたいだが、それはアーサーもバリンもマーリンの本当の力を知らないからだ。佐和からすれば、マーリンがウソをついて得することなんて一つもない事ぐらいわかる。


「で、魔法なの?大丈夫?アーサーに危険はないの?」

「……確かな事を、俺も感じ取ったわけじゃないんだ…………ただ、あの花束からはすごく嫌な予感がする……でも、何も起きなかったし……俺の勘違いって可能性も……ある」


 そう言っているマーリンの顔は「そうだったらいい」とすら思っているようだ。

 その表情が逆に、マーリンが本気であの花束がまずいものだと感じていることを物語っていた。




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