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丁寧に、丁寧に、一本ずつ王子にリクエストされた花をまとめ上げていく。白とピンクの花を基調とした花束はそれでいて、上品に仕上がるように要求されている。
店の中でも最上級の紙で出来上がった花束を包み、仕上げに真紅のリボンで花束を結びつけた。
「…………例の物は取ってきてくれた?」
「ここにある。こんな物を何に使うんだ?」
裏口の扉の前に立っていた男は、小さな袋をモルガンに差し出した。袋の中身が小さくもがいている。
「あなたの復讐に役立てるのよ。カラドス卿」
今、この作業場には自分とこの男しかいない。
モルガンは真紅のリボンを手に取り、そっと口に近づけた。
「モウ……カタラ……セドゥミィ……オポノス」
呪文を小声で唱え、カラドスから受け取った袋の中身に手を伸ばす。袋の中にはカラドスに森で狩らせた毒蛇が入っていた。牙をむく蛇に意志を強く向け、反抗できないよう弱らせてからつまみあげると、その頭を押さえつけ、牙から毒を出させ、花束のリボンに垂らした。
「クリーヴォ」
最期に毒を染みこませた跡が見えないように、隠ぺい呪文をかけ、出来上がった花束に満足感を覚え、掲げる。
「それで奴をやれるのか?」
復讐に駆られた男はかつてのような気品を感じさせない形相で、興奮している。
プライドをへし折られた人間ほど見るに堪えないものは無い。だが、モルガンの悲願を達成するために、まだまだこの男には働いてもらわなければならなかった。
「これは一石を投じ、最初の波紋を生み出すきっかけにしか過ぎない。しかし、いずれこの一石が大きな波紋を呼ぶこととなるだろう」
モルガンの言葉にカラドスは裂けそうなほど口を開けて笑った。
その目はもはや貴族などではなく、血に飢えた猛獣のそれだ。ただ獲物をしとめることにのみ、意識を注いでいる。
……それよりも、気になるのは、創世の魔術師……。
店に来ていた藍色髪の男、直接見るのは初めてだったが、正直拍子抜けした。
私に全く気付かないとは。
それどころか自分と、そして横にいた平凡な女の事で手一杯の様子とは。
おそらく、今日の出来事も止めることはできまい。
「……バラーン」
気を取り直し、明るい声で呼びかけると、ばたばたと忙しない足音が作業場に近づいてくる。バランは作業場の扉を開けると、モルガンに子犬のように駆け寄って来た。
「なんですか?おばさん」
「殿下に頼まれていた花束が出来上がったの。お城へ持って行ってくれるかしら?」
「おつかいですね!わかりました!あの……こちらは?」
快諾したバランは大きな花束をそっと抱えた。そこでようやく戸口に立っている男に気が付いたらしい。
「包装材を持ってきてくれた業者さんよ。ご挨拶をして」
「……はじめまして。バランといいます」
「はじめまして。お手伝いかい?偉いねえ。私はカラドスという者だよ」
先程までの狂気を隠しきり、満面の笑みでカラドスは紳士らしく振る舞った。下町にはいない雰囲気の男の登場に、子どもらしい警戒心を抱いていたバランも、正体がわかるとほっとしたようだった。
「ごめんなさいね。私はどうしても出かけなくてはいけなくて……」
「おまかせください!行ってきまーす!」
「行ってらっしゃーい」
大きな花束を抱えたバランがよろよろしながら家を出て行くのを、手を振って笑顔で見送ったモルガンは、狂気に満ちた口元を懸命に隠した。
「待っててね……姉さん……。今、解放してあげるから」