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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 第三の従者
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page.71

       ***



「こっちって確か……」


 バリンに案内されて花屋へ向かう景色に見覚えがあった佐和の独り言にマーリンが「ああ」と相槌を打った。


「ケイに攫われた時に行った貧民街の方向だな」

「ここです!」


 位置的には貧民街に入る手前の路地に入って行ったバリンは古い建物を指さした。軒先に止まった荷馬車に色とりどりの花が載っている。


「こんなところに花屋があったとは……」

「あ、にいちゃーん!お帰りなさーい!!」


 周囲を見回していた三人に向かって、店から飛び出してきた小さい影がバリンに飛びついた。


「バラン、いい子にしてたか?」

「うん!」

「この子……確か、バリンの弟くん……だよね?」


 あの夜、アーサーに突進してきた男の子がぶかぶかのエプロンを着て、自分とほぼ同じ大きさの花を手にしていた。どう見てもお手伝いスタイルだ。


「はい。殿下。弟のバランです」

「でんか。こんにちは」


 ぺこりと頭を下げた拍子にいくつか花が地面に落ちた。急いで小さな手で落ちた花を拾うと一生懸命抱え直す。


「な、なにこれ……天使!?」

「お前は何を妄言してるんだ?どう見ても人間だろうが……」


 呆れかえるアーサーに佐和は食って掛かった。


「何言ってるんですか?こんな可愛い子捕まえて!!」


 本当どうしてこう、小っちゃい子って無条件に可愛いんだろう……。

 佐和は昔から小さい子が大好きだ。海音がいたからかもしれないが、小さい子の面倒を見るのは得意で、近所の小さい子たちとも昔はよく遊んでいた。


 

「にいちゃん……このひとは?」

「俺と一緒に働いてるサワさんだ。こっちはマーリン」

「なぜ、俺は呼び捨て……」


 聞こえないぐらい小さな声でマーリンが文句を言った。もちろんバリンに聞こえるはずもなく、バリンはバランにしゃがみ込んで目線を合わせた。


「おばさん、いるか?殿下が花をご所望なんだ」

「うん。ちょっとまってて」


 「おばさーん!」と叫びながらバランが家の奥に駆けて行く。その後にまたいくつも花がぽろぽろこぼれていた。


「ここはお前の家か?」

「いえ、バランを預かってもらっているんです。血のつながりはありません。好意で置かせてもらっているんです。殿下に見逃していただいた後、途方に暮れていた所を助けていただきました。バランを預けられる場所もできたし、いつかはあいつにちゃんとした暮らしをさせてやりたくて……」

「……それで、騎士を希望したのか」

「小さくても自分の土地が手に入れば食べる物には困らなくなりますから」

「家族は……どうしたんだ?」


 マーリンの質問に、バリンは年には不釣り合いな微笑で視線を逸らした。


「……両親は……死にました。昔、俺は森の奥に住んでたんです。そこに旅人が来て、一晩だけ泊めてくれって頼まれました。両親はその旅人達を泊めました」

「……不用心だな」


 アーサーは腕を組んで冷静に話に耳を傾けている。

 怒ることもなく、バリンも「そうですね」と同意した。


「両親も最初は渋りました。でも、その旅人の一向に俺たちと同じぐらいの子どもがいて……それで両親は離れを貸すことにしたんです。でも……その一行はドルイドの一族だったんです」


 ドルイドという言葉を聞いた途端、アーサーの顔色が変わった。

 その空気に佐和はひやっとする。


「ドルイドって……」

「森の奥深くで暮らす一族で、一族全員が魔術師だ」


 硬い声でアーサーが答えた。静かに話を聞くマーリンの顔色も悪い。


「そのドルイドは、ウーサー王に復讐しようとしてたんです。計画は未遂に終わったそうですが。俺の両親はドルイドを泊めた共犯者ということで、処刑されました」


 重たい沈黙が四人の間に流れる。

 バリンも、マーリンと一緒だ。

 本人は魔術師ではないけれど、魔術に関わって王家に家族を奪われた被害者なんだ。


「……なら、どうして殿下の騎士になろうなんて、思ったんだ……。王家を恨んでても、不思議じゃないはずだ……」


 マーリンの質問にバリンは困ったように笑うと、マーリンからアーサーに視線を移した。


「実は……俺も始めは王家に良い感情を抱いてはいませんでした。王都に出てきたのだって、田舎よりは食っていける方法があるかもしれないからでしたし……。でも……でも、あの日、殿下に情けをかけていただいて、俺は考えを改めました。殿下が両親を殺したわけじゃないですし」

「お待たせいたしました」


 そこまで話した所で、家の奥から女性が現れた。

 長い黒いローブを身にまとった妙齢の女性だ。長く豊かな緩やかなウエーブのかかった黒髪をローブの中に仕舞い込んでいる。肌も白いし、唇は赤い。目鼻立ちのはっきりした美人だ。


「モルガンさん。バランをすみません」

「いいのよ。お初にお目にかかります殿下。花屋を営んでおりますモルガンと申します」

「モルガン、さっそくで悪いが、花束を作ってほしいんだ」

 「どのような花束をご所望でしょうか?よろしければ、実際花を見ながらイメージをお伝え頂ければ、それに沿って御作りいたしますよ」

「そうだな……」


 モルガンに続いてアーサーも店に入って行く。それを追うバリンの背中もいつも通りだ。

 話が途切れたことだし、気を取り直して付いて行こうとした佐和は、マーリンが店先で立ち尽くしているのに気付いた。


「マーリン?どうしたの?」

「俺……だったのかな……」

「え?マーリン?何?」


 ちゃんと聞き取ろうとマーリンに近寄って、うつむいたマーリンの顔を覗き込んだ。


「俺の方だったのかもしれない。アーサーをちゃんと見てなかったのは」

「……マーリン……」

「俺はずっと、魔術師っていうだけで人を差別する王家の人間とか、村の人間とかが憎かった。だから、アーサーに対してもずっと嫌な感情しか持てなかった。実際、いきなりアーサーは俺たちの目の前で魔術師を切ったし……。でも、でも俺も同じだったのかもしれない。佐和に何か特別な事情があるかもしれないって言われた時、理由があれば罪が許されるわけじゃないって言ったけど、本当はそんなことあるもんかって思ったんだ。あんなに人を一方的に痛めつけるやつらにそんな感情があるもんかって。でも、それは俺がアーサーを王家の人間というくくりでしか見てなかった証拠なのかもな。アーサー自身が、どう考えてるとか、どうしてそう考えるのかとか本当の意味では理解しようとしてなかった」


 佐和がアーサーにも理由があるのかもと言った時、マーリンはそれを拒絶した。

 何も考えていない、話しても無駄な人間もこの世には存在するのだと。でも、佐和にはそうは思えなかった。そして、今、マーリンもそう感じてくれている。


「今は……理解したいって思うの?」

「……うん。理解して、ちゃんと、結論出したい。あいつが『本当に俺が導くアーサーなのか』じゃなくて、『俺が導きたいって思うアーサー』なのかどうか」

「……そっか」


 余計な事は言えない。

 そんな責任は佐和は負えない。

 単なるモブキャラに主人公の行く末を変える権利はない。

 だからただ、頷いた。

 あなたの選択を、私は見守ってるよ。マーリン。




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