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結局、四人が訪れたのは城下町にある装飾品や小物を扱う雑貨屋だ。
店内の雰囲気は一国の王子が訪れるような豪華さはないが、おしゃれなアンティークショップという雰囲気に佐和は胸が高まった。
「可愛い……」
ついつい目的を忘れて、物色しそうになってしまう。
優しい木目のテーブルにアクセサリーや可愛らしい小物がちょこちょこ並べられている。
「わー、この髪ゴムも可愛い……」
「おい、サワ。目的を忘れるなよ」
小さなガラスのお皿に入っていた髪ゴムを手に取って眺めていた佐和に、後ろからアーサーの軽い注意が飛んできた。
わかってはいるものの、こういうものを見ると血が騒ぐのは女の性だ。
注意したアーサーは真剣に店の端から端まで物色している。バリンがその横でめぼしそうな物を見つけては、「これはどうですか、殿下!?」と商品を片っ端から積み上げていた。
「そういうのが好きなのか?」
横から覗きこんできたマーリンによく見えるように、佐和は手に載せた髪ゴムをマーリンに差し出した。
銀色の針金のようなもので、花が形作られている。髪ゴムの二か所にはピンクのガラス玉が通されていて、いかにも女の子らしいデザインだ。
「似合わないから、自分ではつけないんだけど、可愛いものは可愛いよね」
「それはブレスレットにもできますよー」
まさかの王子の来店に慌てて、アーサーの横に付いていた店主が佐和の髪ゴムを指して笑った。
良い手ごたえを感じたら、商品の魅力を列挙するのは万国共通だ。
「んー……少し子どもっぽすぎるか……」
悪かったわね、子どもっぽくて。
近づいて来て、顎に手を当て、髪ゴムを吟味したアーサーの文句に、佐和は髪ゴムを元の位置に戻した。
「だが、ピンク色が似合うのは確かに、だな」
「そうなんですか?」
「ああ」
「殿下の、そのプレゼントを渡す相手って、何色のイメージですか?」
佐和の質問にアーサーはしばらく考え込むとぼそっと「白とピンク」と答えた。
とても年上の女性をイメージした色ではない。
「やっぱり、ゆるふわ森ガール系か……」
「な、なんだ?そのゆる?」
聞き慣れない言葉にアーサーもマーリンもバリンもクエスチョンマークを頭に浮かべている。
「殿下、これなどどうですか?」
「ランプか……趣味は良いが……確か、持っていたな」
バリンが繊細な装飾が施されたランプをアーサーに掲げる。さっきからバリンが提示する商品は割りと品の良い物ばかりだが、どれもアーサーに「持っている」と言われてお終いだ。
「むしろ持ってない物ってあるんですか?」
見かねたマーリンが口を挟む。
確かに、言われてみればあれもこれも持ってる女性だ。
「……ほぼ、無いな」
何それ!難易度高!!
アーサーと親交があるということはそれなりの身分の女性だとは思ったが、これではプレゼント選びは苦労しそうだ。
「マーリン……何か、良いアイデアない?」
へとへとになった佐和はマーリンに助け舟を求めた。マーリンなら、贈り物とかをきちんとやっていそうだし、小さい頃はブリーセンも傍にいたはずだ。こっちの世界特有の贈り物などがあれば、佐和よりマーリンの方が詳しい可能性もある。
「いや……俺も贈り物なんて、したことないし……」
「ブリーセンには何も送らなかったの?誕生日とか?」
「物を買う金も場所もなかったから。毎年、ブリーセンの誕生日には先生と……ミルディンと俺でブリーセンの好きな物を作ってた」
ミルディン。と言う前のマーリンの小さな沈黙に、佐和は「あ」という声を飲み込んだ。
まだ、そうだよね。傷、ふさがってないよね。
改めて、マーリンのすごさを思い知る。あんなことがあった後でこうして、普通に過ごしていることは本当にすごい。
いや、そうじゃないのか……。だって、私だって、一緒だ。
海音が死んで、そんなに時間は経ってない。
それでも佐和は笑ったり、怒ったり、泣いたり普通にして過ごしている。
海音のことを生き返らせる。その目的を忘れたことはないけれど、日常を佐和もマーリンと同じように過ごしている。
海音が行方不明になった時も思ったけど……何があっても、世界って勝手に回っていくんだなぁ……。
「ほー。興味深いなー。マーリン、ブリーセンっていうのは、お前の女か?」
「違います。友達の妹です。家族みたいなものです」
マーリンに厭らしく突っかかるアーサーを、ぼーと見ていた佐和の脳裏に名案が閃いた。
そうだ!物をたくさん持っている人なら。
「あ!!」
「な、なんだ!?急に!」
「殿下、お花!お花のプレゼントなんて、どうですか!?」
「花?」
「はい!花束をもらって喜ばない女性はいませんよ!」
しかも、こんなイケメンに!
悔しいが、性格を除けばアーサーの顔は非常に高レベルだ。この金髪、ブルーアイズの男が真っ赤なバラの花束を持って来ようものなら、男は顔だけが全てじゃない派の女子だって、一瞬はくらっとする。
物をたくさん持っている女性なら、逆に形ではなく思い出に残る形のプレゼントの方が良いかもしれない。マーリンがブリーセンに手料理を振る舞ったように。
「どうでしょうか!」
我ながら良いアイデアだと思い、佐和は固唾をのんでアーサーの反応を待った。
「花……か。確かにいいかもしれないな……」
「そうでしょう!?」
マーリンもバリンもうんうんと頷いている。我ながらナイスなひらめきだ。
「街に花屋ってあるんですか?」
「俺は知らないが……」
「それなら、殿下」
話を聞いていたバリンが意気揚々と手を挙げた。
「私にお任せください!」