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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 第三の従者
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page.67

         ***



 「というわけで、今日からしばらくお前たち三人で、俺の世話をするんだ。いいな」


 部屋に戻ってきたマーリンと合流したアーサーは佐和たち三人を前にして、偉そうに椅子にふんぞり返った。

 どうやら、会議で損なった機嫌は、バリンのおべっかで浮上したらしい。


 「はあ……」


 途中で合流したマーリンは戸惑っているが、さっきまでの取り乱した様子はもう見当たらなかった。


 「ありがとうございます!殿下!」


 バリンは輝いた目でアーサーを見ている。純粋な尊敬の眼差しが眩しい。


 「それでは、殿下、まずは稽古の準備をいたしますね!!」

 「お、気が利くな。マーリン、お前はまた殴られる準備をしておけ」


 誰よりも早く部屋から飛び出したバリンに続いて、悠々とアーサーも部屋を出て行く。

 佐和とマーリンが規格外なだけに、純粋な敬意を払うバリンが可愛く見えるのだろう。

 残った佐和たちの間にきまずい空気が流れる。

 さっきの今で二人きりはき、気まずすぎる……!!


 「えっと……マーリン、行こうか?」



        ***



 「うー。手、ざらざらー」

 「いて……」

 「マーリン、大丈夫?怪我した?」

 「擦った」


 佐和とマーリンは訓練場の端っこで、並んでしゃがみ込んでチェインメイルを磨いていた。

 細かい金属の輪を繋ぎ合わせた(チェインメイル)は磨くのに、桶に荒い砂を入れて磨く。さっきから砂にこすり付けるせいで、手がざらざらになってきていた。

 バリンが佐和達に加わって三日。バリンのアーサーへの傾倒ぶりは佐和の予想を遥かに上回る熱量だった。


 「殿下、食事のご用意ができております」

 「殿下、そろそろ狩に行きますか?」

 「殿下、新しいお召し物の準備ができてます」


 殿下、殿下、殿下と呼び続け、佐和たちの仕事も佐和達より早く取り掛かり、取りつく島もない。

 さらにはとにかく、アーサーを持ち上げるのがうまく、会議で沈んでいたアーサーの機嫌はみるみる良くなっていった。

 佐和もマーリンも、今までやっていた仕事は全部バリンに取られてしまった。

 やることがなくなって途方に暮れていた佐和たちに対して、アーサーは冷たく、「仕事というのは与えられるものではない。自力で考えろ」とお説教した。

 そんなことを言われても、働き始めてまだ数日なのに、何をするかなんて思いつくわけがない。

 そうして困り果てていた所で、バリンが唯一やっていなかった鎧磨きを命じられたのだ。

 佐和は横でチェインメイルを磨き続けるマーリンの横顔を盗み見た。

 元々、自分の気持ちを表に出さないマーリンが、何を考えているのは相変わらずわからない。

 今もこの前までの葛藤を感じさせない静かさで、ただ淡々と作業に取り組んでいる。

 それでも、その内心は穏やかじゃないんだろう。

 その証拠になんだか重たい空気が漂っている。


 「が、頑張って磨かないとね。ここらで一発、マーリンの方がバリンよりすごいんだって、アーサーに思い知らせてやろうよ!」


 気まずい空気をどうにか破ろうと、努めて元気な声を出した佐和をマーリンがじっと見つめてくる。その視線が痛い。


 「……努力する必要……あるのか……?」

 「マーリン……?」


 うつむいたマーリンの鎧を磨く手が止まった。


 「あいつが本当に佐和の言う通り、俺が導くべき王様なら、何をしなくたって俺が選ばれるはずじゃないのか?逆に……バリンが選ばれるなら……」

 「マーリン……」

 「……なんでもない。忘れてくれ」


 やっぱり、気に病んでるんだ。

 ずっとマーリンはこのアーサーが自分が導くべきアーサーなのか葛藤しているんだろう。

 でも、佐和に何が言える?選ぶのはマーリンなのだ。

 この前のようにアーサーを擁護することもできないし、だからといって諦めることを勧めることもできない。

 王を導くのは佐和ではない。選ぶのはマーリンであって、佐和は乗っかっているだけだ。マーリンの決断の天秤に手心を加える権利もないし、責任も取れないのだから、何も言うことはできない。


 「お、こんな所で晴天の元、元気に鎧磨きかー?」

 「あ、ケイ」


 重たい空気をまるで気にしない軽い声に救われた気がして、声の主の方向を見た。

 城からこっちに向かって歩いてきたのはケイだ。今日も変わらずジャケットを着崩している。


 「どうだー?調子は?……って、あんまり良くなさそうだな」


 ちらりとマーリンを見たケイが肩をすくめた。

 どうやらケイにも感じ取れる程度には、マーリンの様子は落ち込んでいるらしい。


 「ケイは?カラドス見つかったの?」

 「いいんやー。駄目、駄目―。ぜんぜん見つからなーい。どこ消えちゃったんだかなー」


 大した問題ではないような軽い口調でそう言ったケイは、佐和たちの前の階段に座り込んだ。


 「それより、せっかく俺が紹介したのに、ぽっと出の少年に従者ポジション取られそうなんだってー?」

 「どっから聞いたの?」

 「むふふー」


 答える気はないらしい。

 ただにやにや笑ったまま、頬杖をついた。痛い所を突かれて、内心佐和は冷や汗を流したが、マーリンはケイを無視して鎧を磨き続けている。


 「そうだ。ケイ。バリンは騎士になりたいって言ってたんだけど……アーサーは無理だって言ってて。騎士って血筋が条件であるの?」


 もし、バリンが騎士になれるならば、従者ポジションを争ってマーリンと対立することもない。そう思っての質問だった。


 「あー。ま。無理だな。そもそも二人ともは騎士って何かわかってる?」

 「国王陛下に仕える貴族の事だろ?」


 鎧を磨いていた手を止めたマーリンが淡々と答えた。

 ケイがマーリンをピンポーンと指指す。


 「当たりっちゃ、当たり。でも陛下に仕えるだけが騎士じゃない」

 「そうなの?」

 「そ。まず騎士の任命権を持ってるのは陛下とアーサーだけ。つまり国王と王子だけが持ってるものなんだ。任命された騎士は忠誠を任命者に誓う。代わりに任命者は騎士に見合うだけの報酬を与える」

 「報酬というと金か土地か?」

 「陛下がくださるのは土地か地位だ。アーサーは違うけどな。騎士は与えられた領地を統治する。普段は自分の領地を統括してて、非常時にはウーサー王の元に集って戦う盟約を結んだ関係なんだ」

 「へー」


 佐和のイメージで言うと県知事とかに当たるのかもしれない。

 地方分権みたいな感じなのかな。


 「それで、バリンが騎士になれないのって血筋がいけないからなの?」

 「んー。ま、それもあるけど……そもそも騎士になるためにはいくつかの条件があるんだ。まずはサワの言う通り、高貴な血筋の家の生まれであること。これはキャメロットの法で決められてるから、絶対だな」


 佐和からすれば血筋で何もかもが決まる事には違和感を感じるが、この世界の人からすれば普通のことだろう。そもそも国民平等の思想があれば、王政なんてとっくに滅んでいるはずだ。


 「後は、騎士になるための教育を受ける必要がある。これには方法が二つあって、一つ目は王都にある騎士学校に入学する方法。もう一つは既に騎士になっている人間に仕えて学ぶ方法だな。この前、巡回兵のアーサーの班にやたら若い奴らが多かっただろ?あいつらは今年騎士学校卒業予定の騎士見習いでな。実地訓練だったんだよ」

 「学校を卒業するか、騎士の元で学び終われば騎士になれるのか?」


 マーリンも興味が湧いてきたらしく、佐和と二人で作業を完全に中断し、ケイの周りを囲う形で会話に加わった。


 「いいや、最後に試練がある。これは陛下とアーサーじゃ方法が違う。毎代の国王と王子各々が独自の試練を課して、それに合格して、ようやく騎士だ」

 「ウーサー王とアーサーって、それぞれどんな試練をするの?」

 「陛下の場合は騎士任命を最も行ってた時期、争いが絶えなかったから、戦場で功績を上げるのが試練代わりだったな……。武勲を上げることが、騎士任命の絶対条件だった。今は新しい騎士はほとんど任命しないからわからないなー」


 本当にギブ&テイクな関係だ。佐和の知識だと日本で言うところの御家人みたいなイメージである。


 「あいつはどうなんだ?」

 「アーサーの場合は、五分間アーサーと戦って、アーサーを認めさせたら騎士任命。」

 「アーサーを倒さなきゃいけないってこと?それって結構難しくない?」


 剣術など全く分からない佐和でも、砦で戦っていたアーサーは強かったと思う。


 「難しいぞー。アーサー強いからなー。今年の騎士見習いのうち、何人かはアーサーの騎士志望らしいけど。ま、合格者はいないだろうな」

 「おや、これはエクター卿。このような所で油をお売りになっているとは」


 のんびりとした談笑に割って入ってきた粘着質な声に、佐和は、げっとうめきそうになるのを堪えた。

 案の定、ここ数日ですっかり覚えてしまったカンペネット卿が、威圧的にこちらに向かって歩いてくる。その顔は非常に楽しげだが、相変わらずどこか下卑た笑みだ。


 「しかも一介の侍女と侍従にこのような口調で話させているとは。さすが試練も受けずに、殿下の乳母子(めのとご)というだけで、騎士になった方は我々とは矜持の持ち方が違いますな」


 どうやら、佐和達の会話を盗み聞きしていたらしい。

 アーサーだけでなく、ケイも気に食わないのか。

 至近距離までケイに近寄ると、ケイを委縮させようとじろじろと不躾にケイを見まわした。


 「しかも、このような格好で……それは新しいファッションですかな?市民ではそのようなだらしのない……失敬、自由な格好が流行しているのですかね?」


 お前のやたら派手なローブよりマシだろ。

 カンペネットは今日も謎のごてごてした刺繍の入ったローブを身にまとっている。顔つきも単なるおじさんなのでやぼったいことこのうえない。それに比べて、確かに王宮にはふさわしくないが、佐和の感覚からいえばケイの方がスタイリッシュだ。

 そもそも顔の造詣でカンペネットはケイに完敗している。


 「これは、カンペネット卿。御機嫌よう」


 嫌味を散々言われているにも関わらず、立ち上がったケイはにっこりと笑っただけで、まったく頭にきている様子はない。

 それが不服だったのだろう。カンペネットはケイを煽ると挑発を続けた。


 「全く果たす義務のない騎士は気楽で良いですな。ただ気楽に殿下のわがままに付き合えば良いだけですからね」

 「ええ、全く」


 散々煽られているのにケイには全く堪えていない。にこにこしたまま嫌味を流している。その様子にカンペネットの眉間が音を立てて切れた気がした。


 「……なぜ、貴様のような男が騎士になれたのか。本当に不思議ですよ。まったく、騎士がこれでは任命した方の人格も疑わざるを得ませんね」


 な、なんだ!こいつ!

 佐和だけじゃない。マーリンもカンペネットの暴言に顔をしかめた。

 いくらケイが気に食わないからといって、アーサーを、一国の王子をこんな風に貶めていいわけがない。


 「……そうですか。では、カンペネット卿。ぜひ私に騎士の誉れとはなんたるかご教授いただきたいものですね」


 笑顔のままケイはカンペネットに近づくと、耳打ちするように身をかがめた。


 「そうですね……馬上槍試合など、いかがですか?ああ、でも。単に行うだけではつまらないですから、賭けなんていかがです?」

 「か、賭けだと?」

 「ええ、そうですねー。賭けるのは……」


 その瞬間、聞いたことのないほど低い声でケイは笑った。


 「殿下の名誉を。命をかけて」


 あまりの迫力に、カンペネットだけでなく、佐和もマーリンも氷づいた。


 「なんちゃって」


 唐突にケイの表情がいつも通りに戻る。それでもカンペネットの顔は真っ青なままだ。


 「……ま、またの機会にな。私は忙しい」

 「そっか。残念ですー」


 これっぽっちも思っていないケイの相槌に返事することもなく、そそくさとカンペネットは退散していった。

 ただのちゃらい人じゃないんだな……。

 カンペネットを見送るケイの横顔はいつも通りだ。とてもさっき冷気を放った人と同一人物とは思えない。


 「……ケイって、本気になればあんな風になれるんだな……」

 「いやー。全然―。引いてくれて良かったよなー。話、途中になっちゃって悪かったなー」

 「それは良いけど……」


 意外な一面に佐和の心臓はまだドギマギしている。

 あの時、低い声を出したケイの目はちっとも笑っていなかった。

 どうやら、単なるふざけているだけの人物ではないらしい。新しい発見だ。


 「さっきの……カンペネット卿の試練も受けずに騎士になったってなんだ?試練、ケイは受けてないのか?」

 「ん?ああ、俺は受けてないよ。アーサーは俺の実力なんて知ってるし」

 「じゃあ、アーサーの試練に合格して騎士になった人っていないの?」

 「いや、一人いる。アーサーの騎士は、今の所、俺とそいつだけだ。今は諸事情で旅に出ててな。そのうち帰ってくるだろ」

 「……なあ、ケイは陛下じゃなくて、アーサーの騎士なんだよな」


 佐和はアーサー伝説の本を読んでいたから納得していたが、マーリンはそこが気になるらしい。

 言われてみれば、アーサーよりもケイの方が年上だ。ということはアーサーが大きくなるまで騎士になるのを待っていたことになる。


 「さっきから言ってる通り、そうだぞー。それがどうした?」

 「……なんで、あんな奴の騎士になったんだ?」


 マーリンの声は硬い。

 佐和はマーリンの顔を見つめた。

 今、アーサーの価値を必死に量ろうとしているマーリンからすれば、ケイがアーサーにどうして仕えたいと思ったのかは、確かに気になることかもしれない。

 今までへらへらと笑っていたケイも、マーリンのただならない気配に感づいて、穏やかな笑顔でマーリンを見返した。


 「……アーサーが嫌いか?」


 聞かれたマーリンは意表を突かれて、言葉を詰まらせた。悩みながら言葉を選び抜く。


 「……嫌いというよりも、わからない。あいつは良い奴だと思う時もあるし、許せないと思う時もあるし」

 「それは……魔術師と対峙した時と、高慢に振る舞う時のことか?」

 「え……?どうしてわかったんだ……?」


 マーリンの気持ちを的確に見抜いたケイはただ穏やかに笑っている。

 それから自分のつま先を見下ろし「わかるよ」と小さく呟いた。ケイにしては珍しい静かな声に佐和もマーリンも固唾をのんで次の言葉を待った。


 「昔はああじゃなかったからな……」

 「……ケイ、聞かせてくれないか」


 予想外の言葉に佐和は横にいるマーリンの顔を見上げた。その視線は真っ直ぐケイに注がれている。


 「あいつはどうして魔術師を憎む?どうして異常に高慢に振る舞う?元からああではなかったというなら、あいつに何があったんだ?」

 「それを聞いて、どうするつもりなんだ?どうしたいんだ?どうなりたいんだ?」


 今までケイが見せたことのない真剣な眼差しでマーリンを見据えた。

 マーリンの価値を値踏みするような視線に、佐和は事の成り行きを見守ることしかできない。それでも。

 それでも、マーリンがちゃんとアーサーと向き合おうとしているのだということはわかった。


 「……聞いて、確かめたいんだ……」


 マーリンは真っ直ぐケイを見つめ返した。


 「何を?」

 「俺が……一緒に歩く人間かどうか」


 マーリンの答えを聞いたケイはしばらく黙ったままだった。

 少しの沈黙の後、ケイは階段に腰を下ろして足を組むと、空を仰いだ。つられて佐和たちも空を見上げる。

 青く高い澄んだ空が広がっている。その空を鷹が一匹、高い声で鳴きながら飛んでいく。


 「……アーサー自身に起きた事は口止めされてることもあるから全部は言えない。だから、今から俺は勝手に自分の思い出を語る。……将来、王になる少年と出会った時の思い出を」




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