表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 第三の従者
66/398

page.66

      ***



 「おい、マーリンはどうした?」

 「え、えーっと……その……」


 会議の終わったアーサーが部屋から出てきても、マーリンは戻ってこなかった。

 「さぼりか」と呆れたアーサーに続いて佐和も歩き出す。

 表には出さないようにしているけれど、いらいらしているのがすぐにわかった。いつもより歩き方が荒い。


 「ち……あいつで、ストレス発散してやろうと思ってたのに」

 「会議、うまく行かなかったんですか?」

 「……議題はスムーズに可決された。この後、窃盗罪の罰が極刑に引き上げられる旨のお触れが出される」


 不服なのだと、平静を装った顔からにじみ出ている。眇めた目が悔しそうに前を見据えた。


 「なぜ、父上も他の者もわからない……。強硬策は裏目に出る可能性の方が高いと」


 やっぱり、アーサーは民の事を考えているんだ。

 この姿を見てると、悪い人には思えないんだよな。

 だから、マーリンにも手を取ってもらいたいと思った。

 でも、それはマーリンの言う通り、アーサーが王だったら良いと思っての提案ということになるのだろうか。

 それって……私がマーリンの立場だったら、そんなに頭に来ることかな……。

 歩きながら佐和は腕を組んで、想像をめぐらせた。

 ある日突然マーリンが現れて、君だけが頼りだとか言ってきて、それで同じ目標を共有して、頑張ってたら、良い女の子がいるから、その子と一緒に頑張ればいいじゃんって言われる……。

 うーん……怒る……かな?

 冷静に自分の行動を分析してみても、佐和だったら頭にこない。「あ、そうだね」で終わりだ。


 「……なんだ?表が騒がしいな」


 ちょうど、入口に近い廊下を通りかかった時、扉の外から何か揉める声が聞こえてきた。

 考えるのを中断して、佐和もアーサーが扉から出て行くのに付き従う。

 扉の外の広場の右手、謁見の申し込み場所で、衛兵と小さな少年が揉めている。ぶかぶかでつぎはぎだらけのローブに佐和は息を飲んだ。


 「あれは……昨日の……」


 アーサーも気づいた。

 衛兵と揉みあっているのは、昨日、アーサーが見逃した子ども達だ。


 「おい、何があった?」

 「殿下!実は……」

 「殿下!!」


 困り果てた様子の衛兵がアーサーを見て、あからさまにほっとした顔つきになった。

 衛兵に首根っこを掴まれていた少年は、衛兵の腕を振り払って、アーサーの前に躍り出てくる。


 「殿下!俺を殿下の騎士にしてください!!」

 「はあ!?」


 遠慮なく、アーサーが顔をしかめたのにも関わらず、少年は瞳を輝かせたまま、さらに食い下がった。


 「殿下のお心に胸を打たれました!!どうか!!」

 「先ほどからこればかり言って、困っているのです。殿下、きっぱり断言してはくださいませんか」


 どうやらよっぽど衛兵に食いついていたらしい。

 疲れ切っている衛兵の様子に佐和は苦笑した。


 「馬鹿を言うな。騎士になれるのは血筋の確かな家柄の者だけだ」

 「そうなんですか!?」


 驚愕の事実に唸った少年に聞かれないように、佐和はアーサーに耳打ちした。


 「本当にそうなんですか?」

 「ああ、キャメロットの法で決められている」


 へー。と、納得した佐和の前で、少年は勢いよく地面に土下座した。


 「そこをどうか!俺、どうしても殿下にお仕えしたいんです……!!」

 「ほう?」


 少年の必死の訴えにアーサーはまんざらでもなさそうだ。

 そりゃ、こんなに輝く目で見つめられて、悪い気がする人間はいないだろう。


 「殿下にお仕えできれば、本当に名誉だと思っています!どうか、その名誉をいただけませんか!」

 「どうだ、サワ。名誉だと。お前もこれぐらい見習え」

 「殿下、良いように乗せられてますよ」


 本心で言っているのだとは思うけれど、こんな簡単なおべっかで鼻の下を伸ばしているのが、どうにも情けない。佐和は頭を抱えた。


 「だが、法を犯す事はできない。諦めるんだな」


 褒められて、調子に乗ってはいるようだが、そこは譲れないらしい。アーサーはきっぱりと断言した。


 「そこを。どうか!!せめて、今は騎士として認められずとも結構です!まずは侍従として雇っていただけませんか!!俺、本当に殿下にお仕えしたいんです!!」

 「そんなことを言われても、侍従も間に合っている」

 「俺!必ず今の侍従よりも頑張ります!!もし、俺の働きが良かったら俺にしてもらえませんか!」

 「駄目だ」

 「お願いします!!……それに、侍従って昨日一緒にいた方ですよね!?」


 食いついて来ていた少年の言葉にアーサーも、佐和も冷や汗が流れた。

 案の定衛兵が「昨日?」と不思議そうにしている。

 昨日の出来事を他の人間に知られるわけにはいかない。


 「おい!ちょっと、来い!!」


 アーサーは慌てて少年を抱えると、そのまま部屋へ直行した。



      ***



 「これが殿下の私室ですか……!入れていただけたということは、採用ということでよろしいんでしょうか!!」

 「馬鹿か!!昨日の事を口走るな!!」


 変な感動を味わっている少年とは対照的に、アーサーと佐和は疲労困憊した様子で扉を閉めた。

 アーサーの私室なら話を盗み聞かれることもない。


 「なぜですか?昨日の晩の殿下のお慈悲……本当に胸、打たれました……!」

 「いいか、金輪際。昨日のことは口にするな。そうでないならば、お前を雇うことなどできないぞ」


 あ、と佐和が気付いた時には遅かった。

 アーサーの言葉を聞いた少年の瞳が一層輝きだす。


 「では、口にしなければ雇っていただけるということですか!」


 少年を脅すつもりが言質を取られ、固まったアーサーの後ろで佐和は盛大にため息をついた。

 この弱みを握られた以上、雇わないとは言えないだろう。


 「ありがとうございます!!」

 「待て!!さっきも言ったが、俺の侍従は二人いる!仕事は間に合っている!だから、お前は帰れ」

 「侍従って、そこの方と、昨日一緒にいた方ですか?」

 「そうだが、それがどうした?」


 少年が佐和を指さした後、アーサーに恭しく膝をついて、見上げた。


 「でしたら、殿下!どうか、あの方と俺、比べてはいただけませんか!それで、もし、俺を雇ってもいいと思われたなら、俺にしていただけませんか!あの方に負けたなら、俺は大人しく引き下がります。殿下の侍従はより使える方と言われれば、納得しますから!!」


 すごい食い下がりぶりだ。目があまりにも真剣そのもので、一笑にはふせない気迫がある。

 アーサーは乱雑に自分の髪を掻きあげると、ため息をついた。


 「……お前、名は?」

 「バリンです」


 バリンと名乗った少年をじっと見ていたアーサーは、もう一度ため息をつくと、腰に手を当てた。


 「いいだろう」

 「ちょっと!!」

 「ありがとうございます!!」

 「ただし、使えないと思ったすぐに追い出す。いいな。怪しい動きをしてもだ」

 「はい!!」


 目の前ではしゃぐバリンとは対照的に、佐和は心の中で盛大に悲鳴を上げた。

 ただでさえ、今、マーリンの気持ちはアーサーから離れて行ってるのに、もしこれでバリンがアーサーに仕えるようなことになったら、完全にマーリンはこのアーサーを見限ることになるんじゃ……!

 それで、もし、このアーサーがマーリンが導くはずのアーサーなら、私の悲願も遠のくことになるの……!?


 やはり海音を救いだすのは一筋縄ではいかないらしい。

 佐和は二人から隠れながら頭を抱えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ