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「おい、マーリンはどうした?」
「え、えーっと……その……」
会議の終わったアーサーが部屋から出てきても、マーリンは戻ってこなかった。
「さぼりか」と呆れたアーサーに続いて佐和も歩き出す。
表には出さないようにしているけれど、いらいらしているのがすぐにわかった。いつもより歩き方が荒い。
「ち……あいつで、ストレス発散してやろうと思ってたのに」
「会議、うまく行かなかったんですか?」
「……議題はスムーズに可決された。この後、窃盗罪の罰が極刑に引き上げられる旨のお触れが出される」
不服なのだと、平静を装った顔からにじみ出ている。眇めた目が悔しそうに前を見据えた。
「なぜ、父上も他の者もわからない……。強硬策は裏目に出る可能性の方が高いと」
やっぱり、アーサーは民の事を考えているんだ。
この姿を見てると、悪い人には思えないんだよな。
だから、マーリンにも手を取ってもらいたいと思った。
でも、それはマーリンの言う通り、アーサーが王だったら良いと思っての提案ということになるのだろうか。
それって……私がマーリンの立場だったら、そんなに頭に来ることかな……。
歩きながら佐和は腕を組んで、想像をめぐらせた。
ある日突然マーリンが現れて、君だけが頼りだとか言ってきて、それで同じ目標を共有して、頑張ってたら、良い女の子がいるから、その子と一緒に頑張ればいいじゃんって言われる……。
うーん……怒る……かな?
冷静に自分の行動を分析してみても、佐和だったら頭にこない。「あ、そうだね」で終わりだ。
「……なんだ?表が騒がしいな」
ちょうど、入口に近い廊下を通りかかった時、扉の外から何か揉める声が聞こえてきた。
考えるのを中断して、佐和もアーサーが扉から出て行くのに付き従う。
扉の外の広場の右手、謁見の申し込み場所で、衛兵と小さな少年が揉めている。ぶかぶかでつぎはぎだらけのローブに佐和は息を飲んだ。
「あれは……昨日の……」
アーサーも気づいた。
衛兵と揉みあっているのは、昨日、アーサーが見逃した子ども達だ。
「おい、何があった?」
「殿下!実は……」
「殿下!!」
困り果てた様子の衛兵がアーサーを見て、あからさまにほっとした顔つきになった。
衛兵に首根っこを掴まれていた少年は、衛兵の腕を振り払って、アーサーの前に躍り出てくる。
「殿下!俺を殿下の騎士にしてください!!」
「はあ!?」
遠慮なく、アーサーが顔をしかめたのにも関わらず、少年は瞳を輝かせたまま、さらに食い下がった。
「殿下のお心に胸を打たれました!!どうか!!」
「先ほどからこればかり言って、困っているのです。殿下、きっぱり断言してはくださいませんか」
どうやらよっぽど衛兵に食いついていたらしい。
疲れ切っている衛兵の様子に佐和は苦笑した。
「馬鹿を言うな。騎士になれるのは血筋の確かな家柄の者だけだ」
「そうなんですか!?」
驚愕の事実に唸った少年に聞かれないように、佐和はアーサーに耳打ちした。
「本当にそうなんですか?」
「ああ、キャメロットの法で決められている」
へー。と、納得した佐和の前で、少年は勢いよく地面に土下座した。
「そこをどうか!俺、どうしても殿下にお仕えしたいんです……!!」
「ほう?」
少年の必死の訴えにアーサーはまんざらでもなさそうだ。
そりゃ、こんなに輝く目で見つめられて、悪い気がする人間はいないだろう。
「殿下にお仕えできれば、本当に名誉だと思っています!どうか、その名誉をいただけませんか!」
「どうだ、サワ。名誉だと。お前もこれぐらい見習え」
「殿下、良いように乗せられてますよ」
本心で言っているのだとは思うけれど、こんな簡単なおべっかで鼻の下を伸ばしているのが、どうにも情けない。佐和は頭を抱えた。
「だが、法を犯す事はできない。諦めるんだな」
褒められて、調子に乗ってはいるようだが、そこは譲れないらしい。アーサーはきっぱりと断言した。
「そこを。どうか!!せめて、今は騎士として認められずとも結構です!まずは侍従として雇っていただけませんか!!俺、本当に殿下にお仕えしたいんです!!」
「そんなことを言われても、侍従も間に合っている」
「俺!必ず今の侍従よりも頑張ります!!もし、俺の働きが良かったら俺にしてもらえませんか!」
「駄目だ」
「お願いします!!……それに、侍従って昨日一緒にいた方ですよね!?」
食いついて来ていた少年の言葉にアーサーも、佐和も冷や汗が流れた。
案の定衛兵が「昨日?」と不思議そうにしている。
昨日の出来事を他の人間に知られるわけにはいかない。
「おい!ちょっと、来い!!」
アーサーは慌てて少年を抱えると、そのまま部屋へ直行した。
***
「これが殿下の私室ですか……!入れていただけたということは、採用ということでよろしいんでしょうか!!」
「馬鹿か!!昨日の事を口走るな!!」
変な感動を味わっている少年とは対照的に、アーサーと佐和は疲労困憊した様子で扉を閉めた。
アーサーの私室なら話を盗み聞かれることもない。
「なぜですか?昨日の晩の殿下のお慈悲……本当に胸、打たれました……!」
「いいか、金輪際。昨日のことは口にするな。そうでないならば、お前を雇うことなどできないぞ」
あ、と佐和が気付いた時には遅かった。
アーサーの言葉を聞いた少年の瞳が一層輝きだす。
「では、口にしなければ雇っていただけるということですか!」
少年を脅すつもりが言質を取られ、固まったアーサーの後ろで佐和は盛大にため息をついた。
この弱みを握られた以上、雇わないとは言えないだろう。
「ありがとうございます!!」
「待て!!さっきも言ったが、俺の侍従は二人いる!仕事は間に合っている!だから、お前は帰れ」
「侍従って、そこの方と、昨日一緒にいた方ですか?」
「そうだが、それがどうした?」
少年が佐和を指さした後、アーサーに恭しく膝をついて、見上げた。
「でしたら、殿下!どうか、あの方と俺、比べてはいただけませんか!それで、もし、俺を雇ってもいいと思われたなら、俺にしていただけませんか!あの方に負けたなら、俺は大人しく引き下がります。殿下の侍従はより使える方と言われれば、納得しますから!!」
すごい食い下がりぶりだ。目があまりにも真剣そのもので、一笑にはふせない気迫がある。
アーサーは乱雑に自分の髪を掻きあげると、ため息をついた。
「……お前、名は?」
「バリンです」
バリンと名乗った少年をじっと見ていたアーサーは、もう一度ため息をつくと、腰に手を当てた。
「いいだろう」
「ちょっと!!」
「ありがとうございます!!」
「ただし、使えないと思ったすぐに追い出す。いいな。怪しい動きをしてもだ」
「はい!!」
目の前ではしゃぐバリンとは対照的に、佐和は心の中で盛大に悲鳴を上げた。
ただでさえ、今、マーリンの気持ちはアーサーから離れて行ってるのに、もしこれでバリンがアーサーに仕えるようなことになったら、完全にマーリンはこのアーサーを見限ることになるんじゃ……!
それで、もし、このアーサーがマーリンが導くはずのアーサーなら、私の悲願も遠のくことになるの……!?
やはり海音を救いだすのは一筋縄ではいかないらしい。
佐和は二人から隠れながら頭を抱えた。