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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 第三の従者
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page.64

       ***



 アーサーを会議室まで送り届けようと歩いている最中に、進行方向から歩いてきた人物にアーサーの足が止まった。

 あ……昨日の嫌味な貴族……。


「これは、これは。殿下。おはようございます」

「……カンペネット卿」


 相変わらずごてごてと、やたら金色の刺繍が施されたローブを身にまとっている。


「これが例の……」

「うん……」


 マーリンの耳打ちに佐和は頷いた。

 カンペネットはこの前と同じようにいやらしい目で見ている。口は笑っているのに、よく見れば、目は全く笑っていないことに佐和は気付いた。


「アーサー、カンペネット」


 不穏な空気で睨み合っていた二人に割って入った声に、カンペネットはその場で片膝をついた。アーサーは声の主の方に向き直っている。


「おはようございます。父上」

「ああ」

「おはようございます陛下」


 この人が……現国王ウーサー・ペンドラゴン……。

 通路から威風堂々と歩いてきたのは40歳後半ぐらいの精悍な顔つきの男性だ。白髪が混じる髪は短く、その頭には王冠が載っている。黒いジャケットに黒いズボン。裏地が赤のマントをたなびかせ、大股で歩いてくる。眉間には険しい皺が寄っていて、一目で気難しそうな、厳格な性格が感じられる。

 佐和もマーリンも侍従が強制されている挨拶で腰を折った。国王へ挨拶をしなかった場合、佐和たちはすぐに不敬罪で死刑だ。

 首を垂れながら、佐和は横で同じように頭を下げているマーリンの表情を盗み見ようとした。下を向いた顔はよく見えない。けれど、魔術師を差別している本人と会って、心中穏やかでないことは想像に難くない。

 今まで会わずに済んでたけど……この人が魔術師を差別している人なんだ。

 低い声に意思の強さが伺える。確かにこの人なら人を殺す命令も下しそうだ。


「珍しいな。アーサーとカンペネット卿が一緒など」

「偶々お会いいたしまして、ねえ、殿下?」

「……はい」


 明らかにゴマをすり始めたカンペネットと対照的に、アーサーの顔色は優れない。


「そうか。では行こう」


 合流したウーサーにカンペネット、アーサー、マーリン、佐和の順でついて行く。

 歩きながらカンペネットがウーサーに猫なで声で話しかけた。


「ところで、陛下。昨日の殿下発案の件はどうされることになさりましたか?」


 昨日の件?


「ああ、余も考え抜いた。カンペネット卿。貴殿の意見に余も賛成である。アーサー。お前はもう少し王太子として、最大値の幸福を選び取る決断力を養え」

「……どうか、考え直してはいただけませんか。父上。このままでは民の心は益々父上から離れるばかりです」

「無礼な!!」


 アーサーの進言にいきなりウーサー王は声を荒げた。

 命令し慣れた人特有の迫力に佐和は飛び上がりそうになる。


「余はキャメロットの国王だ。民の心は常に余とともにある。それにアーサー、お前の案を採用すれば権威の失墜を招きかねない。王族としての矜持を忘れるでない」


 佐和にもマーリンにも話が見えてこない。


「まあまあ、どうか陛下。そのぐらいにして差し上げてください。殿下はまだお若いですから。貴族の矜持を完璧に理解することは難しいでしょう」


 何の話だろう……?

 不思議に思っていた佐和の疑問は、続けられたアーサーの言葉で解決した。


「昨日も申し上げましたが、戦後の食糧不足は深刻です。城下町の治安も悪くなる一方。民は食べるために致し方なく、盗みを働いている状態が続いています。さらには戦が終わり充分な報酬を得られなかった傭兵が略奪を繰り返しているという報告も。この上、法で取り締まるような事態になれば、犯罪の隠ぺいに繋がりかねません」


 どうやら昨日の政策に関する会議で何かもめたらしい。

 ふとアーサーの手が佐和の目に映った。握りしめた拳が小さく震えている。

 そういえば昨日の子も食料が無くて、盗みを働いたって言ってたな……。


「だからといって、貴族でもある私たち騎士を農民の手伝いをさせようなど、果ては備蓄食料の解放するなんてとんでもない……しかも、それを王太子が議場に載せるなど……」


 カンペネットの嘲笑にアーサーの拳がさらに強く握られた。悔しげに歯を食いしばっている。


「アーサー、頭を冷やせ。王家や貴族、導く立場の者が路頭に迷えば、民は惑う。本日の議会で窃盗罪の罰を極刑に引き上げることで、民も目を覚ますだろう」


 マントを翻したウーサーが立ち去ると、アーサーにわざとらしく頭を下げたカンペネットもその後を追う。

 アーサーとマーリンと佐和だけが廊下に残された。

 意外……だ……。

 昨日のこともそうだったけど、この高慢なアーサーが市民のことを考えた提案をするなんて……。


「……殿下」


 小さく息を吸ったマーリンが、立ちすくんでいたアーサーの背に声をかけた。


「……なんだ」

「殿下は……民をどう思いますか。国王陛下と同じ意見ですか」


 マーリン……。

 マーリンの真摯な瞳は、真っ直ぐアーサーに注がれている。

 朝日がとび色の目に反射して、まぶしい。


「……民のいない王子など、存在しない」


 真っ直ぐ伸びた背中はそれだけ答えると、一歩を踏み出す。


「殿下……」

「お前らはここで待て」


 ただ、佐和はアーサーの遠ざかって行く背中を見送った。




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