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創世の傍観者とマーリン  作者: 雪次さなえ
第三章 第三の従者
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page.63

       ***



「結局、昨日の晩はカラドスは見つからなかったね……」

「ああ、ケイもまだ見つけられていないらしい」


 朝を迎えた城内はどことなくそわそわとせわしい。各侍女や侍従が主人の支度をするためにあちこち走り回っているのだ。

 佐和とマーリンも城内に与えられた自分たちの部屋からアーサーの寝室へ向かう。

 少年たちを城から逃がしたマーリンは、その足でケイにカラドスのことを伝えに行ったらしい。話を聞いたケイが城下町を捜索させたらしいが、カラドスは影も形も見せなかった。


「でも、昨日の殿下の対応は意外だったね」


 曲がり角を曲がったところで周りに誰もいないことを確認して、佐和はマーリンに昨日の話題を出した。

 昨日のことはアーサー自身から、他言するなと命じられている。


「……ああ」


 王族が飢餓の原因。そう言ったマーリンの叫びをアーサーがもともとそう考えていたことは意外だった。

 そして、嬉しく思った。単なるわがままな王子じゃない。アーサーの中に他人を思いやる気持ちがあるんだと、それがわかって。


「マーリンはどう思った?昨日の殿下」


 王族のせいでと叫んだマーリンの前で、アーサーは確かな答えを返してくれた。自責の念を感じていることを知らせてくれた。

 それこそ、マーリンの求めていた答えなんじゃないだろうか。


「……よく……わからない」

「わからない?」


 その答えは想定外だった。てっきり「意外といいやつなんだな」とか「それでも高慢には違いない」とかどっちかだと思っていた。


「あんなこと……思ってただなんて……でも、それならどうして戦をやめない?わかってるなら、やめればいいじゃないか……それに責任があると言いつつ……結局は口先だけだ……」

「マーリン……ねえ、アーサーは不作の原因は戦争だけじゃなくて、魔術による呪のせいだって言ってたんだけど、それって本当なのかな?」


 もしそうなら、マーリンならなんとかできるかもしれない。

 戦争をどうにかすることはできなくても、とりあえずの解決はできるんじゃないんだろうか。


「……見てみないと何とも言えないが……。本当に呪かどうかは怪しいな」

「そうなの?」


 佐和が首を捻るとマーリンは静かに頷いた。


「得体の知れない出来事や、原因のわからない事象は魔術師のせいにされることが多い」

「そっか……ごめん。やっぱり戦争をどうにかしないと解決しないんだね」

「いや……サワはこの国に詳しくない。仕方ない」


 言い方はぶっきらぼうだが、たぶん、これはマーリンなりに慰めてくれている。


「やっぱりマーリンはアーサーが新しい王様だとは思えない?」


 マーリンは答えない。困ったように視線がさまよう。


「それも……わからない」

「そっか……」


 今はそれでも良いような気がした。すぐに人を好きになるなんて、絶対無理だ。

 時間をかけて理解しあって、それで、もし、マーリンとアーサーが手を組みたいと思ったなら、それでいいんじゃないかと今は思う。


「そうだ。もう一個気になることがあって……」

「何だ?」


 佐和は昨日の晩、カラドスを見かけた後のカンペネットという貴族がまるでアーサーの死を望んでいるかのような態度を見かけたこと、その前にアーサーに嫌らしく絡んでいたことを手短に伝えた。

 話を聞いているマーリンの顔色は変わらないが、気にはなるらしい。佐和の話にずっと耳を傾けている。


「というわけで、最初は生意気なせいで貴族にアーサーが嫌われてるだけなのかなと思ったんだけど……なんか引っ掛かるというか……生意気ってだけで、死ねって思われるものなのかな……」

 だとしたら恐ろしすぎる。考えること自体はあっても、それを行動に移すような人達が領主なのかと思うと、なんだかげんなりする。

「マーリンもアーサー嫌いだけど、死ねなんて思わないでしょ」

「思わないな。滅ぶなら勝手に滅べとは思うが」


 おおう、やっぱり仲、悪い。

 やっぱり、この二人が組んで世界を新しいステージに導くだなんて、予言が信じられなくなりそうだ。

 話しているうちにアーサーの部屋へ辿りついた。代表してマーリンが木製のドアをノックする。


「殿下、マーリンとサワです」


 返事はない。いつものことだ。

 マーリンも最初から期待などしていないのだろう。言った瞬間にはドアを開けていた。


「失礼します」

「失礼しまーす」


 アーサーの私室は扉を開けるとすぐ目の前に執務用の豪華な机が置いてある。窓から差し込む朝日が、執務用のいすの装飾の黄金の獅子をまぶしく光らせていた。一週間、佐和が磨き続けさせられたものだ。

 マーリンはいつも通り、向かって左手のドアに手をかけて一応、一度ノックした。


「殿下、マーリンとサワです」

「入れ……」


 弱々しい返事が返ってきた。マーリンが扉に手をかけ開けると、中央の大きいベッドにアーサーが上半身裸で寝そべっている。


「おはようございます。殿下」


 佐和が挨拶しつつ、奥の窓にかかっていた真紅のカーテンを引き上げると、アーサーが布団をかぶって唸った。

 カーテンを開けた佐和は、隣の部屋に移動して持ってきた水桶を運んでくる。アーサーが顔を洗う用の水だ。


「殿下、起きてください」

「うるさい……。野郎に起こされても何も嬉しくない……」


 マーリンの揺さぶりに、一気にアーサーの機嫌が悪くなった。眉根を寄せて布団の隙間からマーリンを睨みつけている。


「もっと良い目覚めになるようにしろ……」


 水桶をベッドわきに置いた佐和は手を腰に当てて、やれやれとマーリンに目配せをした。


「かしこまりました」

「おい!ふざけるな!マーリン!なんで水桶を持ち上げる!?」


 佐和の持ってきた水桶を受け取って、高々と持ち上げていたマーリンに気付いたアーサーが飛び起きる。


「爽やかな朝を演出しようかと思いまして」

「誰の発案だ!?」

「自分です」

「やっぱりお前か!!」


 この一週間寝ぼけたふりして、佐和に起き抜けに抱きついたりしていたアーサーにぶちぎれたマーリンの細やかな復讐がひと段落したところで、佐和はクローゼットから着替えを用意した。


「お前はもう少し、俺を敬え!」

「おはようございます。殿下。本日のご予定は?」


 ベッドから降りたアーサーに、シャツを着させようとした佐和からマーリンがシャツを受け取った。それに気付いていないアーサーが満足げに袖を通す。


「今日は会議からだな……ってマーリン!!お前か!!」

「ズボンも履き替えさせますか?」

「お前にやられても嬉しくないわ!!」


 ちょっと前にアーサーがズボンも佐和に着替えを手伝わせようとしたことを根に持っているマーリンは毎朝、佐和の代わりにアーサーを着替えさせている。

 これが最近は定番の光景になりつつあった。

 すごみながらマーリンが言っているのが、はたから見ている佐和にはおかしくてしょうがない。


「朝食の準備しますねー」


 昨日の出来事はまるでなかったような二人の振る舞いに、佐和はこっそり胸を撫で下ろした。

 心ではアーサーのことがマーリンは嫌いなのかもしれない。でも、どうしてだろう。

 二人が並んでると、私はなんかしっくりくるんだよね。

 だから、アーサーが魔術師嫌いなのには、何か特別な理由があればいいなと思うし。マーリンにもそう思ってもらいたいのかもしれない。

 背後から未だに言い争いの声が聞こえる中、佐和は朝食の準備に取り掛かった。




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